さて、これも今更の話ですが、特別講座の話をします。
セツでは、基本的に新入生(1Q生)は月・水・金に、上級生(2Qより上のクラス)は火・木・土に授業があります。
入学は半年に一回行われ、そこで在校生はクラスが上がっていきます。
しかし、セツは来年の四月で閉校してしまうため、去年の十月には新入生がいませんでした。
そのため、今年の四月まで月・水・金は授業が行われません。
その間、校舎を使わないのはもったいないため、先生が特別講座という形で授業をしてくれました。
僕はM先生とH先生の特別講座を受けることにしました。
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M先生の授業では、一回目はいろいろな技法を試し、二回目以降はプロのモデルさんを描く人物水彩の授業が行われました。
第二回目の授業で、僕は透明水彩とオイルパステル(クレヨンのようなもの)を持って行き、バチック技法で描いてみました。
これは、まず紙にオイルパステルで描き、その上から透明水彩で塗るという技法です。
オイルパステルは水を弾くので、独特な風合いが生まれます。
この講座でも、普段の人物水彩の授業と同じように、描き終えたあとに生徒たちの作品がアトリエに並べられ、M先生による簡単な合評が行われました。
僕はこのときにM先生から、こう言われました。
「見た通りに描いているので、もっと崩して描いてみたら?」
これは、M先生に今までに何度も言われていることです。
僕は評価に対してがっかりしながらも、それに反発する気持ちもありました。
そのあと先生に階段で会ったとき、こんなことを言いました。
「僕は見た通りにしか描けないんです。
ただ、いつも同じことを言われるのが、申し訳なく思っていて…」
「別に、あなたがそう描きたいなら、それはそれで構わないよ。
ただ、セツでは残念ながら評価されない」
僕は帰りの電車の中で、うんうんと唸りながら考えました。
そう、僕は少し腹を立てていたのです。
「なぜ、見た通りに描く写実的な表現がいけないのか?」
この疑問に対するはっきりした答えが得られないので、ずっとモヤモヤしていました。
でも、先生の言いたいことはわかったし、僕は極端な性格です。
じゃあ、わかった。次はモデルさんなんか見ずに、思い切り崩して描いてやる。
そう思って、次の回に描いたのがこちらです(結局、少し見てしまいましたが)。
ちょうどモデルさんが黄色い服を着ていたので、人物を黄色、背景を青紫色に塗ってみました。
これはちょうど補色の関係で、お互いに引き立てあうことができます。
また、透明水彩のにじみ技法を使いました。
これは、僕が好きな佐々木悟郎さんというイラストレーターが、よく使う技法です。
でも、描いているうちに「ああ、これはダメだ」と感じました。
モデルさんの特徴を捉えていないし、雰囲気が違いすぎる。
明らかに失敗作だと思ったのです。
本当は講評してほしくなかったのですが、仕方がないので出すことにしました。
「先日とはずいぶん描き方が変わったね。色は綺麗だし面白いけど、あともう一つ何かが足りない」
M先生は、こう言っていました。
う~ん、う~ん。あともう一つか…。一体なんだろう。
電車の中で、僕はまた悩みました。
その足りない部分を教えてくれたっていいのに…と思いながら。
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しばらくしたあと、今度はH先生の特別講座がありました。
そのときの内容は、以下のようなものでした。
「人物水彩でAを取れなかった作品を持ってきて、どこが良くなかったのか検討し手直しする」
そのため、僕はこの作品を数点の作品と一緒に持っていきました。
H先生によると、「もう少し人物に濃い色を乗せてみたら?」とのこと。
そこで僕は人物にオレンジ系統の色を足し、背景も濃くして輪郭線も強くしてみました。
すると、失敗作だと思っていた作品も、「なかなかいいじゃん!」と思えるようになってきたのです。
(後日、この作品は「光」というタイトルでセツハルに出品しました)
その途中で、今まで疑問だったことをH先生に聞きました。
「どうして人物水彩は見た通りに描いてはいけないのか、と思っているんです。
長い間、それでモヤモヤしたものがあって。
創業者の節先生が、それを嫌っていたというのもあると思うんですけど…」
H先生は、こう答えました。
「おそらくそれもあるんだろうけど、別に写実がいけないってわけじゃないよ。
デッサン力があれば、それはそれで一つの見せ方」
「木庭君が好きな佐々木悟郎さんくらいにデッサン力があれば、写実的な表現でも構わないよ」
「ただし、君はまだ勉強中で、それほどデッサン力があるわけでもないから、中途半端に見えてしまうんじゃないかな」
「今、下のギャラリーで飾っている人の作品も、写実的な表現でしょ?
今日手直しした作品は、木庭君が写実から抜け出す第一歩になるかもね」
う~ん、なるほど。
なんとなく、モヤモヤがすっきりしたような気分です。
確かに、僕は中途半端だったのかもしれません。
多分、写実的な表現をしたいと思いながらも、その一方でそこから離れたいとも思っていたのではないでしょうか。
だから、針をどちらに振るかだと思います。
まだ試行錯誤をしている段階で、これから写実に向かうのか、抽象に向かうのか決まっていませんが。
Keisuke