相撲部屋の見学に行ってきました(二回目)

先日、また相撲の稽古の見学に行ってきました。

前回の稽古が僕にとって非常に刺激的であり、また見てみたいと思ったからです。
今回も予約を取って、前回訪れた八角部屋に再度お邪魔しました。

今回は、前回稽古に参加していなかった力士が参加していました。
彼は他の力士よりも一回り体が大きく、一人だけ白い廻しをつけていたので、
一目で特別な力士だとわかりました。

彼がどうやら幕内に在籍している隠岐の海関のようです。

まず、彼はすり足やバーベルを使った筋トレなどのメニューをこなしました。

次に、ある特定の若手力士に対して、三番勝負(実際にはもっとやっていたけれど)をして、それからぶつかり稽古で胸を貸しました。

ぶつかり稽古はかなり厳しく、正直「そこまでするか!」という印象も受けました。

僕はそれを見ていて、いろいろ思うところはあったのですが、あまり書くと長くなってしまうので、やめておきます。

そのあと隠岐の海関は、先ほど稽古をつけた後輩の力士に、すり足を丁寧に教えていました。

今回描いたスケッチです。

力士のスケッチ1
力士のスケッチ1
力士のスケッチ2
力士のスケッチ2
力士のスケッチ3
力士のスケッチ3

力士たちは動くので難しかったのですが、前回より少しは描けるようになったかもしれません。

Keisuke

相撲部屋の見学に行ってきました

先日、東京の両国に行ってきました。
相撲部屋を訪れ、稽古の見学をするためです。

これを読んでいる人は「なぜ唐突に行こうと決めたの?」と疑問に思うかもしれません。

きっかけは数年前に見た、ネットでの書き込みです。
はっきりした文面は覚えていないのですが、そこにはこんなことが書かれていました。

「とあるイラストレーターは、画力向上のために相撲部屋を訪れてスケッチしている」

それを見たときは「ふーん」といった程度の感想しか浮かばず、特に意識していなかったのですが、心のどこかでそれがずっと引っかかっていたようです。

それが最近になって、ふっと頭に浮かんできました。
そして「今なら行けるかもしれない」と考えたのです。

また、最近はセツで人物デッサンの授業を受けて、少しずつ自信を持てるようになってきたので、ある程度なら描くことができるのではないか、と考えた面もあります。

とは言っても、大相撲については最近はあまり熱心に見ていません。

15~20年ほど前に若乃花・貴乃花などの力士が活躍していた頃は、家族でよくテレビ中継を見ていました。

しかし、彼らが引退して朝青龍白鵬が活躍し始めた頃から、だんだん相撲から興味を失ってしまいました。

それでも完全に興味がなくなったわけではありません。
最近は新聞で勝敗を見る程度ですが、やっぱり僕にとってなじみの深いものだと思います。

さて、相撲部屋が見学できるといっても、いつも見られるとは限りません。
力士たちは年六回の本場所や地方巡業などがあり、何かと忙しいからです。

そんな中、六月は大きなイベントもなく、見学のしやすい月だと言われています。
(月末になると来月に名古屋場所が開催されるため、移動してしまいますが)

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実は以前にも一度見学をしようと思って、相撲部屋に足を運んだことがあります。

事前に見学についてネットで調べたところ、とあるサイトにはこう書かれていました。

「当日に部屋を訪れてインターホンを押し、見学に来たことを伝えればOK!」

そのため、僕は予約をすることなく、そのままふらっと出かけていきました。

特にお目当ての力士がいるわけでもないので、見学可能な四部屋をピックアップし、順に回っていくことにしました。

そのうちの一部屋くらいは見学させてくれるだろう、と甘く見積もっていたからです。

しかし、一部屋はインターホンを押しても返事が無く、一部屋は予約が必要で、残りの二部屋は来客のため見学を断られてしまいました。

結局、この日はどこも見ることができず、がっかりしながら帰りました。
(このときは持ってきていた折り畳み傘を壊してしまうなど、散々な日でした…)

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そこで今回は予約を取って、指定の日時に訪れることにしました。
お邪魔させてもらったのは「八角部屋」です。

この部屋は、元横綱の北勝海(ほくとうみ)が現在の親方を務めており、最近では幕内で隠岐の海(おきのうみ)関が活躍しています。

相撲の稽古は朝早くから始まり、午前中には終了してしまいます。
そのため、当日は早起きして両国駅まで電車で向かいました。

駅の構内には、優勝力士が描かれた巨大な絵が飾られていました。
これは「優勝額」と呼ばれるもので、国技館の四方を取り囲むように飾られているものです。

僕はこれは写真だと思っていたのですが、実際には絵だったのですね。
(現在は印刷技術の向上もあり、カラー写真になっているそうです)

白鵬と武蔵丸の優勝額
白鵬と武蔵丸の優勝額
力士の手形
力士の手形

駅のすぐそばには大相撲の本場所が開かれる両国国技館があり、その周りには相撲部屋や、ちゃんこ料理屋が点在しています。

まさにここは相撲一色という場所なのです。

八角部屋は駅から約10分ほど歩いた、下町の中にあります。
8:00頃に部屋のある建物の前に到着しました。

八角部屋の入り口
八角部屋の入り口

扉を開け、出迎えてくれた人(力士の曲げを結う床山さん?)に名前を告げると、彼は快く案内してくれました。

見学者の中では、僕が一番乗りだったようです。

玄関で靴を脱いで廊下を渡り、稽古場の引き戸を開けます。
そこには、稽古用の黒い廻しを締めた20名ほどの力士たちの姿が。

「おお、やってるやってる!」と期待が高まります。

力士の稽古場から一段高くなったところには、見学者用の座布団が横一列に並べられていました。

床山さんに奥から詰めるように指示されたので、一番右に座って見学することにしました。

僕が少し緊張して正座していると、力士の一人が「足を崩しても構いませんよ」と話しかけてくれました。
なんだか彼はすごくいい人です(笑)

稽古場の中央には土俵があり、黒い土が薄く敷かれています。

見学者席と土俵との距離は非常に近く、手を伸ばしたら力士に触れることができそうな程でした。
(実際にやってはいませんよ!)

僕が到着したときには、まだ稽古は始まったばかりだったのですが、部屋の中は力士の熱気でムンムンでした。

この日はそれほど暑くなかったのに、すでに大粒の汗をかいている力士もいます。

土俵上では、「申し合い」という勝ち抜き戦が行われていました。
これは二人の力士が土俵上で勝負をして、勝った力士はそのまま土俵に残り、別の力士たちの挑戦を受ける、という稽古です。

挑む力士は勝負が終わると「おいっす」と言って手を挙げ、勝ち抜いた力士に挑戦します。

その周りを力士たちが取り囲んでいました。

彼らは土俵での稽古の様子を眺めたり、重りを抱えながらすり足をしたり、部屋の角の柱に向かって「てっぽう(突き押し)」をしたり、四股を踏んだりしていました。

上から見た図
上から見た図

しばらくすると、他の見学者たちもぞろぞろとやってきました。

その中には通訳の日本人をつれた外国人らしき姿も見えました。
今、やはり相撲は海外でも注目されているのでしょうか。

僕はしばらく稽古の迫力に圧倒されてしまいましたが、当初の目的を思い出し、紙と鉛筆を取り出してスケッチをすることにしました。

一応、今回の狙いは三つあって、
1.動いている人物を描くこと
2.裸に近い人物を描くこと
3.(できれば)ダイナミックな動きを描くこと
の課題をクリアできれば、と思っていました。

しかし、激しく動いている力士を描くのは至難の業でした。
土俵上の彼らを描こうと思っても、一瞬たりとも待ってくれません。

本当はもっとダイナミックな絵を描きたかったのですが、結局、あまり動かずにその場に立っている力士たちを描くしかありませんでした。
(下の小さい絵は、後で思い出しながら描いたものです)

重りを抱える力士
重りを抱える力士
タオルを脇に抱える力士
タオルを脇に抱える力士
四股を踏む力士
四股を踏む力士

しばらくすると、土俵上では「ぶつかり稽古」が始まりました。

これは一人の力士が文字通りの意味で胸を貸し、もう一人の力士が立会いの姿勢から、思いきりぶつかっていきます。
そのまま土俵際まで押し、体勢を変えてからまたぶつかります。

これは体力的に、かなりハードな稽古のようです。

胸を貸す力士は、腕を広げて「さあ来い!」というジェスチャーを取ります。
ぶつかる側の力士は、廻しをポンと強く叩いて気合を入れ(これがいい音がするのです)、思い切りぶつかっていきました。

胸を貸す力士のイラスト
胸を貸す力士のイラスト

しばらくすると、土俵上ではまた申し合いが行われました。
どうやら、この二つの稽古が交互に行われるようです。

9:00頃になると、Tシャツを着た親方が部屋に現れました。
自ずと部屋の中に緊張感が走り、一段と稽古にも熱が入ります。

親方は奥の椅子に座ると、あれこれ指示を与えるのかと思いきや、おもむろにスポーツ新聞を広げて読み始めました。
(しかしここで油断してはいけません。絶対に稽古の様子はしっかりと見ているはずです)

新聞を読み終えたあと、親方は初めて土俵に目を向けました。
しかし彼らに対して細かい指示を与えるのではなく、一言二言「○○じゃなくて、○○だよ!」と言う程度です。

しかしそんな一言でも、元横綱の親方が言うと重みが違うような気がします。
手取り足取り教えるのではなく、本人が気づいて強くなることを考えているのでしょうか。

しばらくすると、土俵上ではまたぶつかり稽古が始まりました。

そんな中、僕はぶつかり稽古をしていた一人の力士(名前は存じ上げないのですが)に対して、スケッチの手を止めて見入ってしまいました。

なぜなら、彼の姿がとても辛そうに見えたからです。

ぶつかり稽古を長時間続けていたので、体力が限界に達したのかもしれません。
彼は喘ぐような呼吸をしており、見ている僕ははらはらしてしまいました。

「そうだ!全部出し切れ!」
「口で呼吸するな、鼻から吸え!」

胸を貸す先輩の力士は、そう励ましています。

ところが、ぶつかる側の力士は、相手にぶつかると同時に自分から転んでしまう場面も見られました。
体中は、土俵の土で真っ黒です。

確かに、このくらいハードにやったほうが強くなれるのかもしれないなぁ…。
でも本当に辛そうだし、ここまでやる必要があるのかなぁ…。

僕はその姿を見て複雑な心境になりました。
何とか無事に終わったときは、心底ほっとしました。

稽古の終わりの時間に近づくと、全ての力士がこちら側に向き、掛け声と共に四股を踏みました。

それから柔軟体操をして(彼らは本当に体が柔らかいのです)、最後はこちら側に一礼して終了。

股割りをする力士
股割りをする力士

時計を見るとまだ10時過ぎです。
実質二時間ほどしか稽古をしていなかったのですが、その密度の高さに驚きました。

僕が今日描いたスケッチをホルダーに片付けていると、おかみさんがやってきて、「どうですか?上手く描けましたか?」と声を掛けてくれました。

僕が今日描いたスケッチを見せると、彼女は「これは○○を描いたの?そっくりね!」と言って、その似ている力士を呼んでくれましたが、僕が描いたのは本当にその人だったのか覚えていませんでした…ごめんなさい。

せっかくなので、その絵にをおかみさんにプレゼントしようと思って、僕の名前を書いていたところ、彼女はいつの間にかどこかに行ってしまっていました。

仕方なく、僕はちゃんこ料理の支度をしていた力士に「おかみさんに渡してください」と言って、今日スケッチした絵と、名刺を一緒に渡しました。

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なかなか満足のいくスケッチは描けなかったのですが、非常に面白い体験ができました。

機会があれば、また来ようと思います(実はもう次の予約も取っています)。

Keisuke

盛岡に行ってきました(二日目)

二日目は盛岡市内の観光です。

家族や親戚と一緒に観光してもよかったのですが、僕は一人で回ることにしました。
どこかで絵が描けないかと思ったからです。

早起きして(実際にはよく眠れなかったのもありますが)、6:30に朝食をとり、7:00頃にホテルを出ました。

ホテルの朝食
ホテルの朝食

商店街を抜けて、盛岡城跡公園(岩手公園)の方向に向かいました。

商店街
商店街
居酒屋の前にあった馬の置物
居酒屋の前にあった馬の置物

盛岡城は戦国時代に工事が始められ、江戸時代の初めに完成したそうです。

残念ながら、明治時代に当時の施設はほとんど壊されてしまいましたが、のちに公園として整備されました。

まずは公園の近くの桜山神社へ。
御祭神は盛岡の領主である南部家代々の人たちだそうです。

桜山神社
桜山神社
手水舎
手水舎
だるまみくじ…だそうです
だるまみくじ…だそうです

この神社の裏手には、「烏帽子(えぼし)岩」と呼ばれる巨大な岩があります。

盛岡城を造るときに出てきた岩で、掘り出された後には、良い兆しのシンボルとして信仰されたそうです。

烏帽子岩
烏帽子岩

なんじゃこりゃ!でかっ!

人の背丈の数倍以上あったので、ただの岩なのに有無を言わせぬ迫力がありました。

若干置きかたが不安定に見えたので、そのうち転がり落ちてこないのだろうか、と少し心配になりましたが…。

それから盛岡城跡公園の中へ。
園内に入ってから右手に進むと、そこには石川啄木の句碑がありました。

「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」

(※不来方とは、盛岡の昔の呼び名です。)

おお、これは教科書で読んだことがある!
石川啄木はまさしくここで寝転んでいたのか…と思うと、急に彼が身近なものに感じられました。

石川啄木の句碑
石川啄木の句碑

それから橋を渡って、本丸があった方へ向かいます。

本丸付近
本丸付近

中央には、南部中尉(南部藩主の末裔だそうです)の銅像…
…の「台座」だけがドンと置かれていました。

ここにはもともと、台座の上に馬に乗った南部中尉の銅像が置かれていたのですが、太平洋戦争時に、軍事資材として供出されてしまったそうです。

そのため、今は台座だけが残っています。

南部中尉の銅像の台座
南部中尉の銅像の台座

それから、一段高くなっていた本丸の階段から降りて、その周囲をぐるっと回ってみました。

石垣の石は、一つ一つが一般的なそれよりも大きな気がします。
神社の「烏帽子岩」もそうですが、この地方では巨石がよく出てくるのでしょうか。

石垣には、ところどころにギザギザに鑿で削ったような跡がありました。
おそらく、摩擦力を高めて石がずれないような目的があるのだと思います。

しかしそれらをよく眺めていると、大きな恐竜の歯型の跡にも見えてきたので、
何だかかっこいいな、と思いました。
(これは築城された当時につけられたものなのでしょうか?)

石垣
石垣

公園を抜けると、そこには川が流れていました。

盛岡市内には、主に三つの川が流れており、それぞれ北上川雫石川中津川と呼ばれています。

それら三本の川は市内で合流し、北上川となって石巻までつながっています。
(正確には石巻の手前で分岐していますが…)

僕はその中の一本である中津川を、上流方向に沿って歩いてみました。
この流域には、古い建物が多く残されていると聞いていたからです。

中津川
中津川
中津川流域の地図
中津川流域の地図

「上の橋」には木で作られた古い欄干が残されており、擬宝珠(ぎぼし)が取り付けられています。

その橋を渡って今度は下流方向へ向かいました。

「上の橋」
「上の橋」

途中にはレンガ造りの旧岩手銀行がありました。

この建物は1911年に着工され、三年の年月をかけて造られたものであり、国の有形文化財にも指定されています。

設計者は東京駅を造った人と同じなのだとか(言われてみるとそんな気もします)。

旧岩手銀行
旧岩手銀行

その近くにはガス灯がありました。

説明文には「最初に灯されたのは横浜だが、最初に開発したのは盛岡だ」と書かれていました。

よっぽどこのことをアピールしたいのでしょうか。

ガス灯
ガス灯

それから「下の橋」を渡って、また上流方向へ。
川沿いを一周して、また盛岡城跡公園に戻ってきました。

「下の橋」
「下の橋」

この公園の堀では、夏場に蛍が見られるそうです。
堀沿いに歩いたところには噴水もあり、亀が日向ぼっこをしていました。

噴水
噴水
日向ぼっこをする亀
日向ぼっこをする亀

とても落ち着く場所だったので、石に腰掛けてスケッチをすることにしました。

スケッチした場所
スケッチした場所

関東に比べると、木々の緑がまだ若い気がします。
緑というよりも黄緑に近いという感じでしょうか。

少し前までは、この辺り一体も冬景色だったのかもしれません。

堀にはたくさんの生き物たちが集まっていました。
水の中には亀や鯉がいて、水面にはカルガモが遊びに来ていました。

しかし、それらを絵の中にうまく入れることができませんでした。

カルガモ
カルガモ

カルガモを単独でスケッチをしたので、ここに置いておきます。

カルガモのスケッチ
カルガモのスケッチ

絵を描いていると、偶然にも市内観光をしていた家族と親戚たちに出会いました。

彼らはびっくりした様子でしたが、僕は「そのうち会うんじゃないかな~」と思っていました(笑)

また、何人かの現地の人が話しかけてくれて、絵の感想を言ってくれました。

おそらく、絵を描いている人の中には「集中が切れる」という理由で、話しかけられるのを嫌う人がいるかもしれません。

でも、僕はスケッチしながら見ず知らずの人と話すことが、実はひそかな楽しみなのです。

9:00頃から描き始めて、休憩を含めて四時間ほど描いていました。

でも、順調だったわけではなく、水面の表現がすごく難しかったです。

漣が立ったような感じを表現したかったのですが、なかなか思うようにいきませんでした。
ペンで表現するのは、少し難しいのかもしれません。

色もつけようと考えていたのですが、絵の具一式を持っていくと荷物が重くなってしまうため、当日は持ってきていませんでした。

その代わりに持ってきていた12色の色鉛筆で、ささっとだけ塗りました。

またそのうちに加筆したいです。
線画だけの絵が、どんどん溜まってしまいますが…。

スケッチ
スケッチ

13:00頃になると、さすがにお腹が空いてきたため、スケッチを切り上げて昼食をとることにしました。

盛岡駅の方向に向かうと、駅前の商店街ではお祭りが行われており、統一された着物を着たチームが音楽に合わせて踊っていました。

スケッチしているときに、公園の広場で練習している姿を見かけたので、「何の練習だろう?」と思っていたのですが、このためだったようです。

商店街を抜けて駅前に向かい、ぴょんぴょん舎という店に入りました。
あぁ^~心がぴょんぴょん(ry

ぴょんぴょん舎の入り口
ぴょんぴょん舎の入り口

僕はそこで盛岡の名産品である冷麺を食べました。

辛さには四段階ありましたが、あまり辛いと食べられなくなるので、少し用心して下から二つ目の「中辛」を頼みました。

冷麺
冷麺

出された料理の麺を一口食べてみると…
「う~ん、か・た・い!」
麺はチューブのように硬く、なかなか噛み切れませんでした。

トッピングは卵、キムチ、チャーシュー、きゅうり、スイカなどでした。
スイカは…この辛さに合っているのか合っていないのか、よくわかりません(笑)

中辛でも、思いのほか辛かったです。
スープも飲みたかったのですが、一口飲んだらむせてしまったので残してしまいました。

でも、全体的には美味しかったです。

それからお土産を買って帰宅しました。

今回、半日しか盛岡市内を観光できなかったので、また時間のあるときにゆっくりと回りたいです。

Keisuke

盛岡に行ってきました(一日目)

前の記事で書いたとおり、先週の土日に岩手の盛岡に行ってきました。

なぜ、わざわざそんなに遠くにまで行ってきたのかというと、僕の弟の結婚式に出席するためです。

弟は盛岡市内で働いており、フットサルが趣味です。
今回のお相手も、それがきっかけで知り合ったのだとか。

土曜日の午前中に出発して、東京駅から東北新幹線の「はやぶさ」に乗りました。

はやぶさ(手前側)
はやぶさ(手前側)

この新幹線に乗るのは初めてだったのですが、昼過ぎにはもう盛岡に着いていました。
二時間ちょっとで行けるなんて、ずいぶんと東北も近くなったものです。

偶然親戚の人が同じ新幹線に乗っており、駅のベンチで休んでいたので、挨拶をしてから駅を出て式場のホテルへと向かいました。

「チャグチャグ馬コ」の人形
「チャグチャグ馬コ」の人形
盛岡駅
盛岡駅

途中で市内の中心部を流れる北上川を渡りましたが、そこからの景色はとても綺麗でした。
向こう側に山が聳え立っており、晴れていたので稜線がくっきりと見えました。
(「何の山だろう?」と思って、あとで相手の両親に聞いてみたところ、それは岩手山だそうです)

北上川と岩手山
北上川と岩手山

ホテルに到着し、着替えて待機します。

14:00から会場内の教会で結婚式が行われました。
僕は今まで友人や知り合いの結婚式に参加したことがなかったので、結婚式自体が僕にとっては初めてです。

参列者席で待っていると、しばらくして扉から弟と花嫁さんが入場しました。
彼と僕とは、最近ではお正月くらいにしか顔を合わせる機会もなかったのですが、今日はまるで別人のように見えました。

神父さんの前で結婚の誓いの言葉を述べたり、指輪交換したりしながら、式は進んでいきました。

彼らが教会から退場した後は、会場を移動して披露宴が行われました。
そこではコース料理が振舞われ、たまに上映されるビデオを見たり、彼の上司にあたる人物のスピーチを聞いたりしていました。

披露宴の料理
披露宴の料理

その合間には、僕は弟の同期の人たちと話をして、ちゃっかり僕のホームページの宣伝もしました(笑)

そんな中で、彼らから意外なエピソードが飛び出してきたので、最近の弟のことを僕は全然知らなかったんだなぁ、と思いました。

ケーキとキャンドル
ケーキとキャンドル

披露宴の終わりの頃には、僕の父親によるスピーチがありました。
父親は家庭でも仕事でも「コミュニケーションが大事」と言っていました。
(あとで本人に聞いてみたところ、自戒の念も込めているそうです)

最後に弟のスピーチがありました。
僕はその様子を「彼はずいぶん立派だなー」と思いながら見ていました。
この日のために、かなり練習したに違いありません。

しかし、彼の言葉を聞いていると、どうしても僕と彼との距離を感じてしまいました。
彼に比べて僕なんかは…いや、これ以上比較するのは無意味なので止めましょう。

それでも、ラストに上映されたビデオで僕宛のメッセージが書かれていて、とても嬉しかったです。
結局のところ、誰かと比較するのではなく、僕は僕自身の道を歩けばいいんだと感じました。

披露宴が終わり、19:00から参加した親族で打ち上げをしました(弟を除く)。
僕はお酒はほとんど飲めないのですが、地元のビールを一杯だけ飲んだところ、とても美味しかったです。
店員によると、このビールは特別な賞を貰ったこともあるのだとか。

当日は式場があるホテルに宿泊しました。
二日目に続く!

Keisuke