5月31日(土) ラ・ファバ~トリアカステーラ(26.4km)

ラ・ファバ~トリアカステーラ
ラ・ファバ~トリアカステーラ

 5:40起床。朝食(パン半分、ヨーグルト、リンゴ、野菜スープ、ゆで卵)をとる。カミーノに来る前までは朝食をこの半分くらいしか食べていなかったので、だんだん自分の食べる量が半端じゃなくなってくることに気づく。 ダイニングには緑茶(テ・ベルデ)のティーバッグが置いてあったので、頂くことにした。日本を離れてから久々の緑茶の味で、とても懐かしい感じがした。食器の使った分の洗い物をしようとしたところ、女性のオスピタレロが代わりにやってくれた。感謝。

朝食
朝食
出発前のアルベルゲ
出発前のアルベルゲ

 7:10頃出発。今日は峠を越えた先にあるトリアカステーラという町まで行く予定だ。今日も良く晴れていて、空気も清々しい。景色がとても綺麗で、向こう側の山に朝日が当たっている。通りがかった巡礼者に彼らの写真を撮ってくれるように言われたので、ついでに僕の写真も取ってもらった。
 その後はひたすら登りの山道を進む。そしてカスティージャ・イ・レオン州を抜け、いよいよサンティアゴ・デ・コンポステーラのあるガリシア州に入った。その境界には大きな石碑があり、巡礼者たちによってたくさんの落書きが書かれていた。5月7日にカスティージャ・イ・レオン州に入ったので、抜けるのに三週間以上も歩いていることになる。ずいぶん長かった。記念に写真を撮ったけれど、逆光だったのでうまく撮ることができなかった。

山道を歩く
山道を歩く
ガリシア州の境界を示す石碑
ガリシア州の境界を示す石碑

 しばらく歩くとほんのわずかに霧が出てきたが、それほど視界が悪くなったわけではなかった。ここでは運がいいと朝は山の頂上付近だけ雲の上になる。つまり雲海を見ることができるが、今日は見られなくて残念だった。でもその代わり、遠くの山の裾野付近まで見下ろすことができた。

巡礼路の横にあった十字架
巡礼路の横にあった十字架
ずいぶん登ってきた
ずいぶん登ってきた

 8:45頃、オ・セブレイロの町に到着。標高は1330mで、人口50人ほどの峠にある小さな町だ。今までの町と雰囲気が異なり、建物は灰色の石で造られている。一部はわらぶき屋根の建物もあり、お土産屋やアルベルゲが軒を連ねていた。これはケルト文化の名残であるらしい。

オ・セブレイロの町に到着
オ・セブレイロの町に到着
お土産屋の入り口
お土産屋の入り口
色とりどりのグッズ
色とりどりのグッズ
タコ料理屋の看板(オバケみたい…)
タコ料理屋の看板(オバケみたい…)

 町の中で、昨日アルベルゲで会った韓国のおばさんと再会する。彼女は歩くのが早く、すでに町に到着していた。町の入り口にあるサンタ・マリア・デ・レアル教会の前でお互い写真を撮った。この教会は9世紀に建てられた巡礼路で一番古い教会だ。この教会には1300年ごろ起きたという伝説がある。
 ある天気の悪い冬の夜、ひとりの農夫がミサを挙げて欲しいとこの教会にやってきたところ、それを快く思わなかった神父が「こんな雪と風の中来るとは何て馬鹿なんだ」とつぶやいた。その途端、ワインが血に、パンがキリストの肉体へと変わったという。(日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会「聖地サンティアゴ巡礼」より)
 教会の中に入ってみると、ちょうど正面の窓から光が差してきて、とても神々しい雰囲気だった。

サンタ・マリア・デ・レアル教会
サンタ・マリア・デ・レアル教会
教会の内部
教会の内部

 町の中で昨日一緒に夕食をとったアドレアさんとも再会。彼女に韓国のおばさんと一緒に写真を撮ってもらった。
 町を出た後もずっと山道が続いていた。景色は遠くまで見渡すことができて、まるで空の上を散歩しているようだ。時々立ち止まっては写真を撮るので、なかなか思うように進めなかった。遠くの山の上には雲がかかっている。それは海からの湿った風を高い標高で受けているからかもしれない。ということは海が近いということを示しているのかも。
 この後の風景も綺麗だったので写真をたくさん撮った。でもこのスケール感や空気は現地に行かないと感じることはできないだろうな、と思う。写真ではこの魅力は決して伝えきれないのではないだろうか。

雲の上を散歩する
雲の上を散歩する
雲の中は見通しが悪い
雲の中は見通しが悪い

 9:40頃、リニャーレスという町で休憩。植え込みの段差になっているところに腰掛けてバナナを食べていると、一匹の犬が寄ってきて「とってもおいしそうですね!(チラッチラッ)」という目で見るので、僕は「やらんやらん、餌などやらん!」と言ってやった。でも犬はあきらめず、僕の周りをうろついていた。そんな目で僕を見ないでくれ。
 そんなやり取りを見ていた通りがかった巡礼者のおじちゃんに、「それはあんたの犬かい?」とからかわれてしまった。それほど仲が良さそうに見えたのだろうか。僕が食べ終えると、犬は悲しそうな顔をして去っていった。

リニャーレスの町を見下ろす
リニャーレスの町を見下ろす
 悲しそうな後ろ姿
悲しそうな後ろ姿

 その後はまた山道を進む。右側が崖のようになっているところに立って写真を撮っていると、通りがかかった一人の巡礼者に軽く背中を押されてしまった。もちろん彼は僕を突き落とすつもりなど全くなく、冗談のつもりだったけれど、それでも危ないからやめてくれ・・・。そんなところで写真を撮っていた僕も悪いけれど。
 そこから少し歩いたサン・ロケ峠には大きな巡礼者の像がある。彼は帽子が飛ばされないように押さえ、風に向かって歩いている様に見えた。そこで通りがかった女性の巡礼者とお互い写真を撮った。

命がけで撮った写真(大げさ)
命がけで撮った写真(大げさ)
大きな巡礼者像
大きな巡礼者像

 それから小さな集落をいくつか抜ける。どんな小さな集落にも必ず中心には教会があるのが印象的だった。ある集落の中では、道のど真ん中でシェパード犬が寝ていた。日本よりもかなりフリーダムだ。
 ある集落の近くで、牛使いのおじさんが道の向こうから牛を連れてきたので、写真を撮っていいか聞くと、彼はスペイン語で「君も一緒に来ないか?」と言ってくれた。僕は一瞬付いて行こうとしたけれど、荷物を少し離れたベンチに置きっぱなしになっていたことに気づき、一度取りに戻る必要があったため、彼と一緒に行くことはできなかった。

「ここは動かないよ!」
「ここは動かないよ!」
町の中にある古い教会
町の中にある古い教会
特徴的な積み方の薪
特徴的な積み方の薪
牛の大移動中
牛の大移動中

 しばらく歩いていると、この頃からサンティアゴまでの距離を示す石碑が一定間隔で置かれているのを目にするようになってきた。石碑によれば、まだサンティアゴまで130km以上あるそうだ。
 その後フォンフリアという町で休憩。今日は少し趣向を変えて、ボカディージョ・トルティージャ・チョリソを頼むことにした。チョリソというのは太いソーセージのことだ。外のベンチで景色を眺めながら待った。出されたものの中には、チョリソを輪切りにしたものがジャガイモの代わりにトルティージャに入っていた。少し焦げたチョリソがおいしかった。
 食べ終わった頃、韓国のおばさんが向こうからやってくるのが見えた。彼女は僕の後ろを歩いてきたようだ。おばさんは僕に、「歩くの早いですね、あまり力がなさそうに見えるのに。でも大事なのは体ではなく心の強さだから」と言ってくれた。でもあなたも歩くのは十分早いけれど。

一面のタンポポの綿毛
一面のタンポポの綿毛
サンティアゴまであと137km
サンティアゴまであと137km
また牛の大群と遭遇
また牛の大群と遭遇
昼食のボカディージョ
昼食のボカディージョ

 ビドゥエドという町を過ぎたあたりから急な下りになる。標高が下がると次第に暑くなってきた。相変わらず集落の中では牛とか犬とか猫とかをよく見かける。長い毛の犬が日陰でシエスタ(昼寝)をしていた。僕が近づいて写真を撮ろうとしても、「あなたとは関係ないよ」と言うように、そっぽを向いて全く微動だにしないのが凄かった。

遠くまで見渡せる
遠くまで見渡せる
窓のさんに寝転ぶ猫
窓のさんに寝転ぶ猫
下り道
下り道
こっち向いてよ…
こっち向いてよ…

トリアカステーラの町の入り口には、不思議な形をした大木があった。近くに案内板があったので読んでみると、それは「カスターニョ」の木であるらしい。英語で「カスタード」が栗を意味するので、どうやらこれは栗の木のようだった。日本に帰ってから案内板を訳してみると、樹齢は800年で、幹の太さが8.5メートル、直径が2.7メートルであるらしい。ガリシア州はこの木に代表されるように大きな栗の木が多く、11月には栗の実を集めて「マゴスト」と呼ばれるお祭りをするそうだ。

不思議な形をした栗の木
不思議な形をした栗の木
案内板
案内板

 15:00頃、今日の目的地であるトリアカステーラの町に到着。公営のアルベルゲは広い草原の中にあり、平屋建てで三つの建物に分かれていた。建物の一部はガラス張りになっていて、入り口は青いペンキで塗られていた。中に入ると正面に奥行きのある廊下が伸びており、その右隣に部屋が並んでいた。部屋は4人部屋で、そのうちの一室にあてがわれた。しかし昨日と比べるとシャワーなどの施設は微妙に古かった。キッチンも付いていなかったので、今日は外食にしようと思う。
 ちなみにガリシア州の公営のアルベルゲは「Xunta(フンタ)」という。標準のスペイン語(カスティージャ語)では「X」の文字は出てこないので、これはガリシア語特有のものだ。
 シャワーを浴び、洗濯をして一眠りする。18:00頃スーパーへ行き、明日の朝食を買う。その後レストランに立ち寄って夕食。10ユーロの日替わりメニューを頼んだ。メニューはサラダ、豚のステーキ、オレンジだった。巡礼者らしき人たちが後ろのテーブルの席で盛り上がっていたが、なぜかそれに加わる気になれず、結局小さなテーブルで一人で食べていた。テレビではサッカーの試合が行われていた。
 ナプキンにはガリシア州の巡礼路が印刷されていた。これを見るとサンティアゴ・デ・コンポステーラまであともう少しで、そろそろ終わりが近づいていることを実感させられた。早くサンティアゴに着きたいような、まだ終わってほしくないような。どちらなのだろう。
 帰りにアルベルゲの隣の教会にも寄ってみたが、ミサはもう終わっていた。

夕食
夕食
教会
教会

 アルベルゲに戻ると、廊下の突き当たりにある休憩所で、シャーリーさんたちが自前のボカティージョを作って食べていた。彼女も今日はここに泊まるようだ。彼女は僕に「あなたは有名人よ!」と言った。「お金を盗まれた日本人がいることが、あちこちで噂になっているわ」とのこと。でも僕はお金を盗まれたことじゃなくて、絵を描いていることで有名になりたいな。
 その後、休憩所で今後の計画を立てる。お金を盗まれたときは、もうムシアとフィステーラまで歩いていくのは到底無理だと思っていたけど、この先の34.6kmの区間を一日で歩けばその分余裕ができるので、もしかしたらムシアとフィステーラに両方とも歩いていけるかもかもしれない。そして、それだけの体力はついてきている気がする。
 寝室に戻り、22:00頃就寝。

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