6:00起床。幸いなことに起きたときにはあまり気持ち悪さは感じなかった。寄付制のパン、クラッカーなどの朝食をとり、7:20頃アルベルゲを出る。
今日一枚絵を描く予定を立てていたので、アルベルゲの前の広場で絵を描こうと思ったが、あまりにも寒すぎて途中で断念。柱の上の天使の像を描いただけで終わってしまった。
仕方がないので、7:50頃レオンの街を出発。結局出発が遅れる形になってしまった。黄色い矢印をたどってレオンの旧市街地の中を進むが、街の中の巡礼路はあちこちに曲がりくねっていて、非常にわかりにくかった。薬屋の電光掲示板に表示されている温度計を見ると、なんと気温が4度しかない。道理で寒いわけだ。
レオンの旧市街地の出口付近には修道院があり、現在は5つ星のパラドール(ホテル)になっている。12世紀までは巡礼者の宿であり、それ以降はサンティアゴ騎士団の本部になった建物だ。外壁の装飾は非常に細かく、中の豪華さもなんとなく想像がついた。こんな高級ホテルに泊まれる人はどんな人なんだろう。自分には一生縁のない話だ。巡礼者の像がその前に腰掛けていて、パラドールを見上げていたので、この人は建物に見とれているのか、それとも呆れているのかのどちらかなのだろう、と思った。
その後ベルネスガ川を渡り、旧市街地の外に広がっている新市街地の中を進む。街が広いので、なかなか脱出することができなかった。
しばらく行った先のラ・ビルヘン・デル・カミーノという町のバルに入に入って休憩する。昨日のこともあったので、牛乳が含まれているカフェ・コン・レチェではなく紅茶を飲みながら、地図を開いて今後の予定を考える。この先カミーノは二手に分岐するからだ。
一つは左手に曲がり、山道を通ってビジャル・デ・マサリフェという町を経由するルート。もう一つはそのまま国道120号線沿いを直進し、ビジャダンゴス・デル・パラモという町を経由するルートだ。どちらの道を通っても、その先のオスピタル・デ・オルビゴという町で合流する。僕はどうしようか迷った挙句、まだ体調が万全ではなかったので、距離が短い国道沿いの道を進もうと決めた。
しかし実際行ってみると国道は交通量が多く、歩いていても面白そうに感じなかったので、予定を変更してやっぱり山道を進むことにした。
しばらく歩いていると目の前に20人くらいの集団で歩いている若い人たちが現れた。その中で彼らとは少し離れて歩いていた二人の男女に声を掛けられた。彼らはアメリカの大学生たちで、スペインの文化を研究しており、その一環でカミーノを歩いているそうだ。レオンから歩き始めて、今日が一日目であるらしい。
彼らはiPadを取り出して、「一緒に写真を撮っていい?」と聞いてきたのでOKを出す。僕と彼らで3人一緒に写真を撮った。それから彼らは建築に興味があるらしく、古民家の壁を熱心に観察していた。話が出来たのは嬉しかったが、彼らが同じところに泊まるとなると、今日の宿の空きはあるのか不安になる。
その後はアスファルトの道と赤土の道を交互に歩く。周囲は草原だ。天気は晴れていて昼過ぎから暑くなってきた。アップダウンはそれほどなかったが、風が強くて少し歩きにくかった。
ビジャル・デ・マサリフェの町に着いたのが13:20頃。この町には3軒私営のアルベルゲが存在する。僕はその中でも日本語のガイドブックに載っていた、「アルベルゲ・デ・カサ・ヘスス」というアルベルゲに泊まることにした。「小さなプールつきの広い庭」があるとガイドブックに書かれていて、リラックスできると思ったからだ。
実際に行ってみると、確かにアルベルゲの門を入ったところから玄関までは広い庭があった。しかし肝心の庭のプールには水が入っていなかった。
宿は幸いなことに空いていて、無事チェックインすることが出来た。泊まる人は今のところまだ4人しかおらず、そんなに焦らなくてもよかったようだ。一階の食堂では先ほど会ったアメリカの大学生たちが巨大なパエリアを作っていた。彼らもここに泊まるのだろうか。
建物の食堂の中に入ってまず驚かされたのは、壁一面に宿泊者の落書きがあったことだ。ここでは自由に壁に落書きをすることが許されているらしい。しかも町の中でよく見るような、スプレーで描かれた自己顕示欲満載の落書きではなく、アーティスティックなイラストや、巡礼者への励ましのメッセージなどの落書きが多かった。中には目を見張るような上手いイラストもあった。
しかもそれから建物の中を探索すると、落書きは食堂だけでなく、建物の外壁や、廊下、寝室の部屋の中にも満遍なく存在していた。その中には「このアルベルゲの壁が好きだ!」と書かれた落書きもあった。人が書いた落書きの上から書かれた落書きというのは見かけなかったので、書く人はお互いのことを尊重しているようだった。ただしここまであちこちに書かれていると少々汚く見えてしまうし、いやでも落書きが目に入るのであまり落ち着くことができなかった。
部屋は一室が4人部屋になっていて、二段ベッドが二つずつ配置されている。僕はベッドの上段を確保した。そこで部屋にいた韓国の女性と話をする。彼女は複数の韓国の人たちと一緒に歩いていたが、他のメンバーは別のアルベルゲに泊まるため、今日は彼女ひとりだけここに泊まるようだ。
その後シャワーを浴び、洗濯をしてから一眠りし、夕食の食材を買いに出かけた。オスピタレロに教えてもらった商店は、アルベルゲから坂を下りた先にあった。商店で一通り食材を買った後アルベルゲに戻ろうとすると、帰り道がわからなくなって、かなり焦ってしまった。しばらくうろうろしていたら、元来た道を戻っているつもりが全然違う道を歩いていたことに気づいた。一度商店まで戻り再度正しい道を行くと、あっさりアルベルゲに戻って来ることができた。
その後キッチンで夕食を作る。過去のトラウマがあるので、しばらくトマトソースのパスタは食べられそうになかった。仕方がないのでそれ以外の料理を作ることにした。買ってきたレトルト食品のパエリアをフライパンで炒め、粉末の野菜スープを水で溶いて沸騰させ、アレックスさんに貰っていたお米をその中に入れた。夕食はパエリア、野菜スープ、パンというメニューだった。出来合いのものばかりだが、それなりにおいしそうな食事が出来た。
キッチンでは他の巡礼者たちと一緒になったので、食事のときに話をした。彼らは煮込み料理を作っていて、僕も少しご馳走になった。彼らのグループは女性二人と男性一人で、カミーノを歩いている途中で知り合い、そこで意気投合したので、きょうだいのふりをして一緒に歩いているそうだ。他の巡礼者に「あまり似てないね」と言われたときには、「別々の母親から産まれた」と説明しているらしい。
食堂の壁にも落書きがあり、大きなハートマークとともに「corazon(コラソン)」と「kokoro」の二つの文字があった。「コラソン」とはスペイン語で「心」という意味である。日本語を知っている人がこの落書きを描いたのだろうか。
その後食堂で日記をまとめる。その時に壁に描かれた落書きを見ていると、自分も何か描きたくなってきた。と言ってもあまり大きなスペースではなく、こっそり隅っこに描いておき、気づいた人だけがにやりとするような絵がいいなと思った。
というわけで、僕は「トエト」というキャラクターを食堂の壁のイラストに追加しておいた。柱の影からこっそりこちらを覗いているという絵だ。トエトというのは、トラボルタさんという人が、インターネット上で発表している楽曲に登場するキャラクターだ。おとなしく、恥ずかしがりという設定なので、柱の影からこっそり覗いているのが彼女らしいかなと思って描いた。ぶっつけ本番だったけれど、なかなかいいイラストが描けた気がする。
その後部屋に戻る。二段ベッドの僕の下段を使っていた高齢の女性は毛布を使っていた。「もし寒いようだったら、オスピタレロに言えば毛布を貸してもらえるわよ」と言ってくれたので、僕も毛布を借りることにした。
21:40頃就寝。