5月3日(土) ロス・アルコス~ログローニョ(28.6km)

ロス・アルコス~ログローニョ
ロス・アルコス~ログローニョ

 6:00起床。朝食をとり、7:00出発。今日は28.6km先のログローニョという街まで行く予定なので、あまりゆっくりしてはいられない。
 今日も麦畑の中の田舎道を歩く。歩き始めて間もない麦畑の中に変電所があったので写真をたくさん撮った。前に写真に撮っていたマグネシウム工場と同じく、鉄塔や変電所も僕が好きなもののうちの一つだ。特に電線などがごちゃごちゃしている感じが好きだ。でもこれも冷静に考えると、変電所なんておそらくどこの国にもあるわけだし、わざわざスペインに来てまで撮らなくていいのに、と思う。
 後ろを振り返ると、ちょうど朝日が登ってくるところだった。左手に見える緑の山に陽が当たって、そこだけ金色に山肌の色が変わっていた。まだ朝が早いので眠たいけれど、冷たい空気の中で歩くと頭がすっきりする。

出発前のアルベルゲ
出発前のアルベルゲ
早朝のロス・アルコスの町
早朝のロス・アルコスの町

変電所
変電所
振り返ってみる
振り返ってみる


 9:00頃サンソルという街に到着。少し高台になったところに教会があったので、その石段に腰掛けてバナナを食べる。そこからは町の対岸にあるトレス・デル・リオの町が一望できた。
 それからトレス・デル・リオの町を経由し、また麦畑やブドウ畑の中を歩く。昨日とあまり代わり映えのしない風景だ。雨雲が右手のほうから来ている。こっちに来なければいいのだけど。

トレス・デル・リオの町が一望できる
トレス・デル・リオの町が一望できる
こっち向いて!
こっち向いて!

バス停
バス停
トレス・デル・リオのバル
トレス・デル・リオのバル
一面の麦畑
一面の麦畑
下り道を歩く
下り道を歩く

 11:00頃、一山超えたところで巡礼路の途中にあったベンチに座ってお昼にする。ちょうど木陰になっていてリラックスできる場所だった。リュックから朝食べたパンの残りとオレンジを取り出して食べる。そのうち若い二人の女性が同じベンチに座って、一緒にお昼を食べ始めた。一人はパックに入ったクリームを取り出し、パンにつけて食べていた。
 僕も二人と話をしたけれどその内容は忘れてしまった。女性の二人はここで別れるらしく、そのときにお互い抱き合っていた。
 12:00頃、ビエナという町に到着。まだチェックインには早い時間だが、その先のログローニョまではまだ10km程度ある。どうしようが迷ったが、地図を調べたところそれほどアップダウンもないし、予定通り先に行くことにした。
 ビエナの町にも教会があり、門が閉まっていなかったので入ってみた。教会の内部は豪華な装飾が施されていた。でも僕としてはゴージャスな装飾がある教会よりも、エウナテの聖墳墓教会や、エステージャの手前にあったような、ロマネスク様式の素朴な教会のほうが好きだった。そちらのほうが気持ちが落ち着くからだ。逆にゴシック様式の豪華な装飾に囲まれていると、なんだか居心地が悪くてそわそわしてしまう。

ビエナの町並み
ビエナの町並み
ビエナの教会
ビエナの教会

 それからまた田舎道を歩く。途中で松林の中を通ったり、歩道橋を渡ったりした。ログローニョの街に近づいた頃には、道が舗装路になって歩きやすかった。でもこの頃にはかなり足が痛くなってきて、早く着いてくれーと思った。足の裏には豆ができているようだ。でもこのくらいだったらまだ十分歩ける。

松林の中を通る
松林の中を通る
歩道橋を渡って
歩道橋を渡って
犬もシエスタ中
犬もシエスタ中
遠くに見えるのがログローニョの街
遠くに見えるのがログローニョの街

 エブロ川にかかるピエドラ橋を渡って、ようやくログローニョの市街地に到着。川沿いは遊歩道になっていて、所々にベンチが置かれていた。今日はもう時間がないけれど、ここで明日スケッチするのもいいかもしれない。
 ログローニョは人口15万人の街で、巡礼路ではパンプローナの次に訪れる大きな都市だ。ログローニョからグラニョンまではラ・リオハ州と呼ばれており、ワインの産地として、スペインだけでなく世界的に有名な場所だ。とは言っても僕はあまりお酒は飲めないので、結局ほとんど口にする機会はなかったけれど。

ホタテ模様のタイル
ホタテ模様のタイル
川沿いの遊歩道
川沿いの遊歩道

 14:30頃、公営のアルベルゲに到着。シャワーを浴び、洗濯をして一眠りする。それから夕食をとりに街の中に出かけた。カテドラルの前の広場では音楽団がいて、音楽に乗せてダンスを踊っていた。

カテドラルの入り口
カテドラルの入り口
音楽団
音楽団

 まだそれほど遅い時間ではなかったので、広場に面していた本屋さんに立ち寄ってみた。スペインの本屋さんはショーウィンドーに一面本が並べてあって、それを眺めているだけでも楽しい。色とりどりの本はまるでお菓子が並べられているようだった。その中の一冊に葛飾北斎の神奈川沖浪裏の浮世絵が描かれた表紙の本があったので、何だろう?と思ってタイトルを見てみたら、その一部に「Fukushima」という文字が書かれていた。それはどうやら福島の原発事故を取り扱った本のようだった。やっぱりこの事故は日本だけにとどまらず、世界的にも関心がある出来事なのかもしれない。

本屋さんのショーウィンドー
本屋さんのショーウィンドー
福島の原発事故に関する本(中央)
福島の原発事故に関する本(中央)

 その後広場の角にあったレストランに入った。テーブルには三人の巡礼者たちがいたので、僕は声をかけて一緒に食事をすることにした。彼らはドイツから来たと言っていたが、英語でも話してくれたので、ある程度は意思疎通をすることができた。
 夕食は昨日食べたパエリアがおいしかったので、今日もそれを頼むことにした。すでに病み付きになっているのかもしれない。しばらく待っていると、黒い鍋に入ったパエリアが店員さんによって運ばれてきた。おいしそうだったので、すぐに食べるのはもったいなくて料理の写真を撮っていると、一緒にいたドイツ人に「君の写真も撮ってあげようか?」と言われたので、パエリアと一緒に撮ってもらうことにした。
 パエリアは非常においしかった。しかし昨日ほどの感動はなく、しかも値段は15ユーロ(約2100円)もしてしまった!懐には非常に痛く、しばらくパエリアはお預けのようだ。
 そして食事代節約のために、明日からいよいよ自炊を始めてみようかなと思う。パエリアでなくても、レストランで夕食をとると10ユーロ(約1400円)くらいしてしまうからだ。夕方になるとキッチンに集まっている人たちを見て、僕もいずれはやらなきゃなぁと思いつつも、何を作ったらいいかわからず、結局二の足を踏んでしまっていた。でも明日はとりあえず下手でもやってみよう。
 レストランに備え付けられていたテレビではスペインの選手たちがスポーツををしていたが、僕はこの競技を見たことがなかった。ドイツの人たちも初めて見るようで、彼らは「ルールがわからないんだ」と言っていた。テレビの中には二人の選手がおり、腕を使ってテニスボール位の大きさの球を交互に壁に打ち返していた。どうやら打ち返せなかったときは相手の得点になるらしい。選手達はボールを打つときに全力で腕を振り回しているので、なんだかすごく腕が疲れそうなスポーツだった。
 帰国後調べてみると、それは「ハイ・アライ」というバスク地方発祥のスポーツだった。一般的にはセスタと呼ばれる腕に装着するバスケットのような道具を使うことが多いが、僕が見たのは道具を使わず、素手で打ち返す種類の競技だったらしい。プロ選手だとボールの速さは時速300キロにもなるのだとか。

パエリア
パエリア
カテドラルの中のキリスト像
カテドラルの中のキリスト像

 その後はカテドラルに行き、ミサに参加した。スペインに来てミサに参加する機会なんて今後の人生でほとんどないので、これは貴重な経験だと思う。カテドラルの中はまたしても豪華絢爛だった。何度か参加しているうちに、ミサのやり方や流れもだんだん覚えてきた。この辺りはスペインのどこでも共通なのかもしれない。
 ミサを終えて、アルベルゲに戻ったのが21:00頃。22:00就寝。

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