朝6:20起床。朝食をとって、7:30頃出発。今日は起きてから早く行動することを意識したため、すぐに出発することができた。その気になればできるじゃん。
宿を出て30分くらい歩いた後で、ブルゴスを出てからお金を下ろしていなかったし、ふと「残りのお金がどのくらいだったかな」という考えが頭をよぎって、財布の中身を見てみることにした。しかしそれは虫の知らせだったのかもしれない。
そこで立ち止まって確認すると、なんとユーロのお札が全くなくなっていた。僕はぎょっとして思わずわが目を疑った。昨日財布にはちゃんとお札が入っていたのに。ちゃんと把握していなかったが、多分まだ500ユーロ(約7万円)は入っていたはずだった。
僕が現実を受け入れられず、呆然と立ちすくんでいると、通りかかった巡礼者の女性が「どうしたの?」と声をかけてくれた。僕が空っぽの財布を見せると、彼女は息を飲んで「すぐに戻って探したほうがいいわよ」と言ってくれた。
僕は彼女の言葉通り急いで宿に戻り、ベッドの周囲を重点的に探したが、そうそう現金だけ落ちているものではないことはわかっていた。当然ながらいくら探しても見つからなかったので、僕はオスピタレロを呼び、事情を話してすぐに警察に電話してもらった。まもなくパトカーがアルベルゲの前に到着し、警察官が現れた。それから女性のオスピタレロが彼らに状況の説明していた。
彼女は「Consulat Embassy of Japan」と僕の手帳に書き、そこに電話するように促したが、僕は「Consulat(領事館)」という単語も「Embassy(大使館)」という単語も知らなかった。僕が戸惑っていると、彼らは僕が英語を話せないと思ってしまったようだ。「いや、難しい単語を知らないだけで、決して話せないわけじゃないんだ。こんなときに普通の携帯電話ではなく、スマホがあれば翻訳機能が使えるのに!」と、もどかしい思いをした。でも日常会話程度しかできないのでは、残念ながら英語が話せるとは言えないのかもしれない。
そうしていると、警察官の一人は彼の持っていたスマホでスペイン語を日本語に翻訳してくれた。その文章は日本語としてはおかしい所だらけだったが、大筋の内容は理解できたので、ようやく書いてもらった単語が大使館だということがわかった。しかも彼は持っていた携帯電話で日本の大使館に電話をかけてくれた。僕は彼と電話を代わり、職員に状況を日本語で説明した。
ただし今日はあいにく日曜日なので、大使館は緊急の窓口しか開いておらず、しかも残念なことに大使館では現金の保証はできないとのことだった。職員の人に「大使館のホームページに載せるかもしれないので、状況を説明してください」と言われたので、僕は状況を説明した。
その後保険のカード会社にも連絡するが、ここでも現金の保証は保険の対象外とのことだった。これは契約書にはっきり書いてあることだったらしい。僕は契約をするときにちゃんと確認していなかったので、こういうときに慌ててしまう。そして起きてしまった後に確認しても、もはやそれは手遅れだった。
それから警察官たちは現場の写真や宿泊者名簿の写真を撮ったあと、「アストルガに行く」と言ってパトカーで行ってしまった。僕は女性のオスピタレロと一緒に宿で待機する。彼女は僕を落ち着かせるために、「何か飲み物はいる?」と聞いてくれたが、何も飲みたい気分ではなかったので断ってしまった(後で思いなおして頂いたけれど)。
それから彼女は深刻な顔で、「実は私のお金も盗まれたの。あなたよりも小額だったけれど」と話してくれた。犯人は巡礼者を装って入り込んできた可能性が大きかった。昨日泊まった人の名前が書かれた名簿の中に犯人の名前も書かれているはずだったけれど、その特定はできなかった。
僕は警察が戻ってくるまでは特にすることがなかったので、親にお金を盗まれたことをメールで送ったり、何でこんなことになってしまったのか考えたりしていた。
多分盗られたのは朝だと思う。自分がキッチンに行って朝食をとっている間、貴重品が入ったポーチをベッドにくくりつけたままにしておいてしまっていた。いつもはこんなことしないのに、なぜたまたま今日だけこんなことをしてしまったんだろう。いやでも、よく考えるともしかしたら僕が忘れていただけで、何度かこういうことがあったのかもしれない。今までは運よく盗まれなかっただけで。
12:00頃に老人の夫婦に庭でお昼を食べないか誘われたので、ご一緒することにした。彼らは英国出身で、女性はシャーリーさんという名前だった。彼女は金髪のショートカットの人だ。夫の名前は申し訳ないが忘れてしまった。
このアルベルゲは入り口を入ったところに中庭があり、さらにその奥に広い庭が広がっている。庭は芝生になっており、木の机や椅子が置かれていた。普段だったらとてもリラックスできる場所だったが、今日の僕は到底そんな気になれなかった。
彼らは椅子に座り机の上に食材を広げ始めたので、僕もシャーリーさんの隣に座ることにした。彼らはトマトやチーズ、フランスパンなどの食材を買ってきていた。これらをカットしてサンドイッチにして食べるようだ。僕の分も買ってきてくれていたので、ご好意に甘えることにして、ご馳走になった。
僕は彼らにお金を盗まれて、今警察のお世話になっていることを話した。するとシャーリーさんは、僕がマンシージャ・デ・ラス・ムラスのアルベルゲで胃腸炎で休んでいたことも知っていて、「すごい冒険だわね、日本に帰ったら本が書けるかも」と言ってくれた。本当はそんな経験したくなかったのに、いつの間にこんなにカミーノがハードモードになったんだろう。
昼食を終えた頃にアストルガに行っていた警察官たちが戻ってきて、僕にまたグーグルの翻訳機能を使って説明してくれた。彼らは「オランダ人のカップルが怪しい」と考えていたが、アストルガの警察で確認をすると「実はその人ではなかった」とのこと。犯人の一人は茶色の短髪でオレンジの服を着ているそうだったが、オランダ人のカップルはその特徴と一致しなかったらしい。
彼は「今日は日曜日だから、明日もう一度大使館に電話をして、どうするか指示をしてもらってくれ」とのこと。言い終わると彼らはパトカーで警察署に帰ってしまった。
しばらくすると、女性のオスピタレロに「昨日撮った写真があれば見せて」と言われた。犯人の特徴であるオレンジの服を着ている人がいないかどうか確かめるのだという。二人で僕のデジカメの写真をチェックしていると、昨日楽団が来ていたときに撮った一枚の写真の中に、オレンジの服を着ている人を発見した。しかし彼女は「赤っぽいからこの色は違う」とのこと。実際にはたまたま今彼女が着ていたフリースの色に近く、もっと黄色い色だそうだ。しかしそのような色の服を着た人は一枚も写っていなかった。
その後男性のオスピタレロに許可をもらってもう一泊することにする。しかしその後は特に何もする気が起きず、ベッドの中でひたすら横になりながら、なぜこんなことになってしまったのかずっと考えていた。
こんなことが起きてしまったのは、以下の理由が考えられる。
1.旅に慣れてきて、気が緩んでいたと言うこと
2.起床から出発までのスピードを意識しすぎて、それ以外の意識がおろそかになっていたということ
3.部屋では巡礼者たちが互いに見張っているから大丈夫だと思ってしまったこと
それに対して、以下の解決策が考えられる。
1.財布を含めた貴重品は必ず寝ているときでも身につけておくこと
2.特に朝起きたときから出発までの間は注意すること
3.お金は財布だけでなく、別の場所(わかりにくい場所)に分散して持っておくこと
これらを決して忘れないように、手帳にしっかりと書いておいた。今になって思うとこれは当たり前のことかもしれない。しかし僕はその当たり前のことができていなかった。
盗んだやつらは今頃へっへっへと舌を出して笑っているのだろうなぁ。日本人は無警戒だぜ、とか思っているんだろうなぁ。どうせ盗まれたお金はろくなことに使われないのだろうなぁ、といろいろ考える。これらのことは考えても仕方のないことだけれど。盗んだ相手を恨むというよりも、自分の馬鹿さ加減が嫌で仕方なかった。
運良くリュックの別の場所にお金を隠しておいたので、すっからかんになることはなかった。またパスポートやカード類も無事だった(不幸中の幸いだけど、被害は現金だけだったようだ)。カードの番号を見られた可能性があったが、僕のメールを見た親からの返信によると、不正な利用があった場合は、その料金は払わなくてもいいとのことだった。
その後銀行に行き、足りない分のお金をATMで下ろす。あまりたくさん下ろすとまた盗まれたときにダメージが大きいので、今回は小額にしておいた。小額ずつ何度も引き出すと、その分手数料がかかってしまうけれど、これは仕方のないことなのかもしれない。
18:30頃に空腹になったので買い物に行く。夕食は昨日と同じく買ってきたパンとパエリアと野菜スープを食べたが、砂を噛むようで全く味なんか感じなかった。
その後はまたひたすら横になっていた。そうして就寝時間まで過ごす。