6:00起床。6:30出発。
アルベルゲの前にはバルがあり、この時間でもうオープンしていた。店内に入ってみると、すでに出発前の巡礼者たちでごった返していた。朝食はトルティージャ、オレンジ、カフェ・コン・レチェを頼んだ。試しに昨日調べておいたスペイン語で注文してみたけれど、無理して使う必要はなかったかもしれない。
店内でスビリで会った日本人のMさんのお母さんと再会。親子で来ていたはずなのに彼女は一人きりだったので、僕が「娘さんは?」と聞くと、彼女は「まだ眠っているんです、ねぼすけだから」とこっそり教えてくれた。どうやら娘さんは朝に弱いらしい。彼女は僕の皿のトルティージャを見て、「おいしそうですね!」と言ってくれた。
どうやら今日は晴れの予報なので、予定通りスケッチすることにした。今日は午前中にスケッチして、午後にシスール・メノールというここから約5km離れたアルベルゲに泊まる予定だ。
早速昨日見つけていたスケッチが出来そうな場所に向かう。一ヶ所目は教会の近くの、カフェの近くで描いた。周りは明るくなっていたが、まだ日が登り始める前なので寒い!ジャージの上にフリースを着て、さらに上からウインドブレーカーを羽織った。歩いているとだんだん暖かくなってくるけれど、じっとしていると屋外は寒かった。描き始めても手がかじかんでなかなか思うように進まなかった。でも朝の凛とした空気の中で描くのは気持ちよかった。
途中で清掃車が来て広場を掃除したり、地元の小学生が社会科見学で先生に連れられて集まっていたりするのが見えた。絵を描いていると地元のおじさんが寄ってきて、僕にスペイン語で何か喋っていた。僕はほとんど理解できなかったが、スケッチブックを覗き見て、「ブエノ、ブエノ(良い)」と言ってくれたのは理解できたので、僕が「ビエン(良い)?」と聞き返すと、「シー、シー(そうだ)」と言ってくれた。僕は「グラシアス(ありがとう)!」と返事をした。
二時間半ほどで一枚仕上げ、それからトイレに行く(一度遠くのカスティージャ広場まで行かないとなかった・・・)。そこから戻って、今度はカテドラルの裏手でもう一枚描きはじめる。描いている途中で12:00を過ぎてしまった。あまりゆっくりしているとシスール・メノールまで移動する時間がなくなってしまうので、色塗りは途中までにしておいた。
そして昨日捨てられず一個残っていた、ものすごくまずいパンを食べることにした。昨日マーマレードのジャムを雑貨屋で買っていたので、それをつけて味をごまかし、何とか全部食べきることが出来た。
それから5.1km先のシスール・メノールに向かって歩く。公園の中を抜け、パンプローナの市街地を後にする。
巡礼路は幹線道路に沿って伸びていた。その途中で茶色の馬と一緒に歩いている人を発見した。日本のガイドブックには、「最後の100kmを徒歩・自転車または騎馬で移動した人が巡礼者として認められる」と書かれていたので、もしかしたら巡礼者の中には馬に乗っている人もいるのかもしれないと思ったが、実際に見るのは初めてだった。しかし馬にしては背が低く、ずんぐりしていたので、もしかしたらそれは馬ではなく、ロバだったのかもしれない。
僕が「写真をとってもいいですか?」と聞いたらOKしてくれた。しかしお互い歩いているので撮りづらいなぁ、と思ったら「この先の橋のところで撮るといいよ」と教えてくれた。しかもそこで撮りやすいように立ち止まってくれた。ありがとう!
日が照り始めると今度は暑い!上はジャージを脱いで長袖のTシャツ一枚になる。スペインでは一日の寒暖の差が大きいということを実感させられた。
シスール・メノールの町では、アルベルゲが見つからなかったので、しばらく巡礼路を行ったり来たりしてしまった。地元の男の子に場所を聞いてみると、彼は英語で案内してくれた。ありがとう。
14:30頃、アルベルゲに到着。中庭のベンチにはオスピタレロのおばちゃんと巡礼者たちが座っていた。聞くところによると、どうやらそこでチェックインするらしい。日本語のガイドブックによると、おばちゃんはその気さくな人柄で人気のオスピタレロなのだそうだ。僕も前の巡礼者に続いてチェックインを済ませる。
それからシャワーを浴び、洗濯をして、ベッドで一眠りする。起きてからアルベルゲの中庭に出てみた。中庭の中央には池があり、その周囲には植物が茂っていて、とても落ち着ける場所だった。巡礼者たちも椅子に腰掛け、思い思いの格好でリラックスしている。
池では亀を飼っていて、普段はオスピタレロのおばちゃんが餌をあげているようだ。もう飼い始めてから何十年も経つらしい。餌の時間になると緑色に濁った池の中から亀が這い出て、彼女の周りに集まっていた。その亀たちに彼女が缶詰の肉をスプーンですくうと、亀たちが我先にと口をあけて餌をねだっていた。彼女はそんな亀の口の中に一匹ずつ餌をあげていた。
その中庭でバイヨンヌ駅の待合室で会ったジョージさんと再会する。「何か君の体で問題はない?」と聞かれたので、太ももなどの筋肉が痛いと言ったら、彼も「足やつま先が痛い、歩くのが難しいよ」と言っていた。
それから近くの商店に行き、明日の朝食を買う。近くに学校があるらしく、学校帰りの学生達が道を歩いていた。女の子の制服はチェックを基調にしたデザインで、とても可愛かった。
その後宿に戻り、バルコニーで午前中に途中まで描いていた絵を仕上げる。それを見ていた女性の巡礼者は「さっきから見ていたけれど、色を塗るのが早いわね。さっきまで線だけだったのに、もうほとんど色がついている」と言ってくれた。自分ではあまり意識することはなかったけれど、そう言ってもらって嬉しかった。
19:00頃に絵が完成したので切り上げ、レストランに夕食をとりに行く。店内には既に15人ほどの巡礼者たちが大きなテーブルに座って食事をしていた。はじめ僕は店員に彼らとは離れた一人用のテーブルに案内されて、そこに座っていた。しかしそれを見た大きなテーブルの椅子に座っていた一人の巡礼者の女性が、フランス語で僕に「こっちへいらっしゃい」ということを言ってくれた。僕がそちらに行ってみると、皆さんは席をずらしてテーブルの端に僕が座れるスペースを作ってくれた。
今日は初対面の人ばかりで、フランスから来た人が多かった。その中にフランス語と英語がしゃべれるカナダのケベック州出身の若い男性がいたので、通訳してもらった。カナダはほとんどの場所で英語が使われているが、ケベック州だけは例外でフランス語が広く使われているようだ。彼も普段はフランス語を使っているらしい。
僕たちはお互いの国のことを話した後、「何でカミーノに来たの?」という話題になった。僕は彼の質問に対してこれまでの経緯を説明し、「ここは景色がいいから来たんだ」と答えたけれど、彼はそれで納得せずに、さらに鋭い突っ込みを入れてきた。彼に「他にもいろいろ景色のいい場所がある、何でカミーノなんだ?」「たとえば、何か精神的なものを求めて歩いているのか?」と聞かれてしまった。
僕は彼の質問に対してしどろもどろになり、曖昧な答えをしていると、彼に「フランス語だったらもっとちゃんと伝えられるんだけど、もういいや、忘れてくれ」と言われてしまった。彼はもっと深い部分の会話をしたかったのに、それができなかったことでがっかりしたに違いなかった。しかしそれは僕が彼の質問の意味を理解してなかったのではなく、自分がちゃんとした答えを持っていなかったからに過ぎなかった。もちろん英語で伝えるのは難しいのもあるけれど。
自分は何でここに来たんだろう?改めて考えてみるとそこがはっきりしないままここに来てしまった。行きの列車の中でダニエルさんに話した「カミーノで自分自身が何者か確かめたい」という理由も少し違うような気がしたし。もしかすると、これは簡単に言葉で伝えられる内容ではないのかもしれない。
その後はなんだか居心地の悪い気分になってしまったので、僕は早めにレストランを出て、アルベルゲに戻る。
22:00頃就寝。