4月28日(月) スビリ~パンプローナ(21.2km)

 6:00起床。出発の準備をして、6:30にアルベルゲを出る。
 まず、昨日昼食をとったバルに入って朝食をとることにした。店内のカウンターには、いくつかの料理と一緒にトルティージャが置かれていた。トルティージャというのはスペイン風オムレツのことだ。一般的には中にジャガイモなどが入っていることが多いが、その店オリジナルの具材を入れたトルティージャを出すところもある。たいていは大きなフライパンで焼かれ、そのままの丸い形のままでお皿に盛り付けられ、ピザのように4~8等分くらいに切り分けられて売られている。
 僕は昨日からそれが気になったので、試しに注文してみたら、店員は電子レンジで温めて出してくれた。食べてみると、これはおいしい!スペイン料理は脂っこいものも多いが、これはとても食べやすく口に合う。毎日食べてもいいくらいだった。
 ついでに昼食用として店で売っていたパンを二本買う。パッケージにはハムやレタスがはさんである写真が載っていたので、おいしそうだなぁと思ったからだ。しかしこれが思わぬ誤算になるとは・・・。
 今日はここから約21km先にあるパンプローナという街まで行く予定だ。天気は曇っていて少し肌寒く、雨が降りそうな気配だった。念のため上着のウインドブレーカーを着ていくことにした。
 しばらく歩いたところに変電所があり、さらにその先の道の途中の裏手に大きな工場があった。日本語のガイドブックによると、どうやらそれはマグネシウム工場のようだった。僕はなぜだかこういう工場が好きなので、たくさん写真を撮った。特に巨大なベルトコンベアーや煙を上げる煙突、錆び付いた鉄骨などが僕の好みだった。しかしスペインに来てわざわざ工場を撮る意味はあるのだろうか、他に撮るべきものはあるんじゃないか、と思いつつも。そこからしばらく歩くと雨が降り始めた。

出発前のバル
出発前のバル
変電所
変電所
工場
工場
小道を行く
小道を行く

 8:30頃、ララソアニャという町に立ち寄る。橋の上から写真を撮っていると、「君の写真も撮ってあげる」と女性の巡礼者に言われたので、お言葉に甘えて撮ってもらうことにした。
 それからしばらくアルガ川沿いの道を歩く。巡礼路沿いには国道135号線が平行して走っており、時々お互い交差する。国道は比較的交通量が多く、トラック等の大型車もたまに通っていた。

かたつむり
かたつむり
牧草ロール
牧草ロール
青い花が咲いていた
青い花が咲いていた
バルの巡礼者像
バルの巡礼者像

 10:30頃、川の河川敷の東屋で休憩する。そこで朝買ったパンを食べたが・・・恐ろしくまずい!なんだか食べ心地が「もそもそ」していてとても食べにくく、飲み込むときは「べたっ」とした、まるで喉にまとわりつくような不快感がある。パッケージに載っていたハムやサラダの写真はフェイクで、中身はただのパンだけだった。全体が銀色の袋で覆われていたため、中を確認できなかったからだ。僕はすっかりだまされた気分になった。
 何とか一本は食べることが出来たが、もう一本は食べられなかった。僕は「こいつめ!」と思って残りは捨てようかと思ったが、それももったいないので、とりあえずリュックの中にしまっておく。これの処分をどうしようかなぁ。
 そこからまた少し歩いたところで、韓国人の中高年のおばちゃんたちのグループを追い抜く。その時に「アニョハセヨ」挨拶されたので、僕も「アニョハセヨ」と返したら、何か韓国語で言われてしまった。僕が「ごめんなさい、日本人です」と英語で言ったら、そのうちの一人の女性は日本語がぺらぺらだった。
 彼女は以前日本に住んでいたことがあるらしい。「日本のどこから来たの?」と聞かれたので、「横浜です」と答えると、彼女は「あ、横浜ね、知ってます。夫が『ブルーライト・ヨコハマ』が好きなんですよ」と言っていた。僕はそれを聞いて、「ああ、これですね!」と歌のフレーズを口ずさんだ。僕のほうが歩くのが早いので、しばらく話した後に彼らと別れて先に進んだ。
 パンプローナの手前のラ・トリニダッド・デ・アレという町で休憩。古い建物の軒下でリュックを下ろし、しばらく雨宿りをする。町の中には古い橋があったので写真に撮った。

登り坂
登り坂
古い教会の横を通る
古い教会の横を通る
ラ・トリニダッド・デ・アレの橋
ラ・トリニダッド・デ・アレの橋
女性のためのキャンペーン?の壁画
女性のためのキャンペーン?の壁画

 そこから先は市街地の中に入る。大きな街はこれが初めてだ。巡礼路は市街地の幹線道路の一部になっており、たくさんの人や車が行きかっていた。しかし至るところに巡礼路を表すホタテ貝の標識や黄色い矢印があったので、道に迷うことはなかった。また、現地の市民の人も大勢いるが、多くの巡礼者も歩いているので、それほど変わった目で見られることもない。
 パンプローナの街に着いたのが14:00頃。ここは人口20万人の大きな都市だ。街の中は旧市街地の区画と新市街地の区画があり、古い城門に取り囲まれたのが旧市街地で、その外に広大な新市街地が広がっている。城門は下からだと見上げるほど高く、まるで要塞のようだった。僕はそれを見て甲府の城跡を思い浮かべたが、それよりはるかに規模が違う。
 古い門をくぐり、旧市街地の中に入る。アルベルゲは旧市街地の中にある。「アルベルゲ・デ・ヘスス・イ・マリア(イエスとマリアのアルベルゲ)」という名前で、114人まで宿泊可能な街で一番大きなアルベルゲだ。入り口に取り付けられている看板にはいろいろな言葉で「巡礼者の宿」と書かれており、その中には日本語もあった。
 建物の中に入るとロビーがあり、受付のカウンターの前には10人ほどの巡礼者たちが列を作っていたので、僕もそこに並ぶことにした。そこにはスーさんの姿もあった。彼女も今日はここに泊まるらしい。
 チェックインを済ませた後、シャワーを浴び、洗濯を済ませて、一眠りする。一時間ほどして目覚めると、とてもお腹が空いていることに気づく。そういえば昼食は先ほどのまずいパン一つしか食べていなかったことを思い出し、何か食べるものを求めてアルベルゲを出て街の中を散歩する。お菓子などを売っている雑貨屋さんに入ってみると、カウンターにパンが置かれていたので一つ買ってみることにした。女性の店員はそれをレンジで温めて渡してくれた。パンは中にピザのような具材がつめられていて、おいしかった!
 アルベルゲの近くには、サンタマリア教会という大きなカテドラルがあった。入ってみようと思ったけれど、有料だったのと閉館まであまり時間がなかったので、結局あきらめてしまった。

アルベルゲ
アルベルゲ
カテドラル
カテドラル

 それから旧市街地のいろいろなところを歩いてみることにした。雨はすでに上がっており、雲の切れ間から晴れ間も見えてきた。
 旧市街地の南の外れまで歩いていくと、そこには大きな建物があった。競技場のような形をしていたので、初めはサッカー場かなと思ったら、なんとそれは闘牛場だった。日本では街の真ん中に闘牛場があることはまず考えられないので、さすがスペインだと思う。
 ちなみにパンプローナでは毎年7月に牛追い祭り(サン・フェルミン祭)がある。これは祭りの期間中に市街地の中を牛が駆け抜けるという、なんとも豪快な祭りだ。さらに驚いたことに、祭りの参加者の人間がその前を走って先導することになっている。そしてそのゴール地点がこの闘牛場になる。これはスペインの3大祭りの一つだが、過去に死亡事故も起きている危険な祭りだ。
 その後カテドラルの裏側の城壁伝いに歩いてみると、見晴らしが良いところがあった。そこは城壁の角になっている一角で、新市街地が一望できる。昔はここから敵が攻めてくるのが見え、敵に向かってここから矢を放ったのかもしれない。

ベンチが置かれている広場
ベンチが置かれている広場
闘牛場
闘牛場
城壁の上から眺める
城壁の上から眺める
こちらは下から
こちらは下から

 途中でふと東の空を見ると、そこにはうっすらと虹がかかっていた。すぐに消えてしまったけれど。
 さらに教会の裏手に歩いてみると、そこには石のベンチが置かれていた。座ってみるとそこから見える風景はスケッチするのに良さそうだった。しかし今日はもう時間が遅いので、明日スケッチしようと目星をつける。
   ちなみにスケッチの場所はカンで「ここがいい!」と決めることが多いが、あまり人が通らず、なおかつ静かに腰を落ち着けられる場所が好きだった。
 疲れもたまっているし、明日はスケッチを描くことをメインにして、歩くのはお休みにしよう。
 それから市街地の中に戻ってみる。大きな街ではそれだけ宿泊する巡礼者も多く、必然的に巡礼者向けに特化した店というのも中には存在する。僕はそんな一軒に入ってみた。店内にはリュックや登山靴、ストックなどのアウトドア商品から、石鹸、シャンプー、洗濯ばさみ、爪切りなどの生活用品まで一通り置かれていた。ある程度の生活用品は日本から持ってきていたけれど、足りないものもあったので買い込むことにした。
 レジで会計をするときに「カムサハムニダ」と男性の従業員に言われたので、僕が「すみません、日本人です」と伝えたら、少し考えた後「ありがとう!」と日本語で言い直してくれた。
 今日は二回も韓国人に間違えられてしまった。その理由は、巡礼路を歩いているアジア系の人は圧倒的に韓国人が多いからだ。もしかしたら韓国にはカトリックの人が多いからなのかもしれないと思った。実際にはその理由に加えて、韓国の女流作家が体験記を出して、それがカミーノの人気に火をつけたらしい。また、韓国政府が若い人に対してカミーノを歩くことを奨励しているという噂も途中で聞いた。
 その後夕食にしようと思ったが、たくさんのお店があったので迷ってしまった。スビリのように小さい町なら迷わなくても済むけれど、大都市はそれだけ店の数も多いのでかえって決められないのだ。インフォメーションセンターならお勧めの店を教えてくれるかもしれないと思って足を運んでみたけれど、女性の係員に「それは教えられないわ」と残念ながら言われてしまった。
 結局1時間ほど迷った末にアルベルゲの近くのバルに立ち寄る。店内は騒がしかったのでここで食べるのはあまり気が進まなかったが、空腹だったのと、他の店も似たり寄ったりに思えてしまったからだ。ここではメニューをマクドナルドのように店内の上のほうに写真付きで掲載していたので、僕は適当に指を差し、メニューを片言のスペイン語で喋って注文してみる。
 僕はそこでコッペパンのサンドイッチのようなものと、イカのフライを頼んだ。店員に「サンドイッチは半分でいい?」と聞かれたけれど、お腹が空いていたのでまるまる一個注文する。
 出された料理を見てみると、なんとサンドイッチの中身もイカだった。サンドイッチのほうはマヨネーズがたくさんかかっており、ボリュームもあったので途中で気持ち悪くなってしまったが、残すのも悪いと思い全部食べた。やっぱり店員の勧めの通り半分にしておけばよかったと後悔する。ちゃんとメニューを理解して注文しないとこういうことになってしまう。

街の中をうろうろ…
街の中をうろうろ…
この夕食はイカんでゲソ
この夕食はイカんでゲソ

 周りでは地元の人たちがタパス(おつまみ)をつまみながらお酒を飲んでいた。彼ら同士盛り上がっていたが、僕は話し相手がいなかったので、壁に面したカウンターで一人で食べていた。別に一人で食べる分には全然かまわないけれど、「あまりにも黙って食べているのもなんだか寂しいな」と思って、隣にいたおばちゃんに声をかけてみる。
 僕が「カミーノを歩いているんですか?」と聞いてみたら、彼女はどうやら地元の人だったらしく、英語が全然通じなかった。しかも彼女は僕が市内の巡礼路の道順を聞いていると思ったらしく、僕が「いえいえ、いいんです」と言っても、どうしても道案内をしたいようだった。
 おばちゃんはわざわざ英語がわかる知り合いの若い女性を呼んで、「さあ、この人に聞きなさい」というようなことを言っていた。僕が「大丈夫です」と言っても、若い女性は「すぐだから」と僕を店の外に連れ出して、これからの道順を説明してくれた。なんだか悪いことをしちゃったかもしれない。
 その後苦しいおなかを抱えつつもアルベルゲに戻る。しかもずっと便秘気味。大丈夫かなぁ。(無事に後日解消されたけれど)
 アルベルゲの二段ベッドがずらりと並んでいる大部屋を突っ切ると、突き当たりにはパソコンや机などが並んでいる一角がある。そこの机に座り、日本語が書かれたスペイン語の単語帳を開き、ノートに書き写している男性がいたので、「あれ、もしかして?」と思って声をかけてみる。
 案の定彼は日本人だった。彼は僕を見て、「久しぶりに日本人に会いました」と驚いてくれた。彼はSさんという名前で、38歳になるらしい。彼も僕と同じく仕事を辞めて巡礼路を歩いているそうだ。
 「ロンセスバージェスで一度あなたの姿を見ましたよ」とSさん。「確か怪我をしてしまった人と一緒に歩いてましたよね。でもそのときは声が掛けられなかったけれど」と言ってくれた。
 彼によるとサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからはるか手前にある、フランスの町(地名は忘れてしまった)からここまで歩いてきたらしい。このあたりでサンティアゴまでちょうど残り半分くらいの距離になるそうだ。Sさんがスタートしたときには若い日本人と一緒だったようだが、若い日本人は歩くペースが早かったため、先に行ってしまったとのこと。
 しかしフランスの宿は数が少ないので、基本的には歩いている人は同じペースで歩き、同じ宿に泊まることになるのだとか。またフランスでは宿泊施設のことを「アルベルゲ」ではなく、「ジット」と言うらしい。
 それから彼は自分のノートに目を落として、「フランスにいるときは言葉が難しかったので習得をあきらめたけれど、スペイン語は読み方に一定のルールがあるのでチャレンジしてみます」と言っていた。僕もスペイン語を勉強しないといけないなぁ。
 寝る前にオーストラリアから来た男性(リッチーさん)と話をする。彼は夫婦でカミーノを歩いていて、僕の隣の二段ベッドの上下を使っていた。
 彼は僕より一日早くサン・ジャン・ピエ・ド・ポーを出発してきたらしい。彼はiPadを荷物から取り出して、今まで撮った写真を僕に見せてくれた。その中には彼らが初日にナポレオンの道を通った写真があったが、僕はそれを見て驚いてしまった。なぜなら、そこには一面の雪景色が映っていたからだ。僕が山で見たのはこの時に降った雪だったのかもしれない。彼は「とても寒くて凍えそうだったよ」と言っていた。
 彼によると、オーストラリアは新しい建物ばかりなのでスペインなどのヨーロッパの古い建物に興味があるらしい。
 それから話題は日本の文化に移った。彼は日本料理が好きで、その中でも特に漬物や梅干が好きなようだ。彼はwi-fiの速度が遅いことに文句を言いながらも、iPadでネット検索して僕に見せながらいろいろ説明してくれた。「日本料理はヘルシーだね、スペインだと朝から肉が出てきてげんなりするよ」と言っていた。
 また、彼は温泉が好きでもあるらしい。お勧めの場所を聞かれたので、富士山が綺麗に見える箱根の温泉をお勧めしておいた。彼は「日本にはまだ行ったことがないけれど、もし行く機会があればキヨウタに行きたいんだ」と言っていたので、「キヨウタ?どこのことだろう」と思ったら、それは京都のことだった。彼は「日本に行くときは桜が見たいな」と言っていたので、僕は「4月に来るといいですよ」と教えておいた。でもその頃は観光客でごった返しているかもしれないけれど。
 22:00頃就寝。明日晴れたらスケッチをしよう、と心に決める。

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