今日はライダーハウスの裏手にある、大きなポプラの木を描くことにしました。
「北海道でたびたび大きな木を目にするのは、冬に雪が積もったときに目印になるからですよ」
真鍋さんはそう言っていました。
僕は朝食をとると、さっそく午前八時頃から描き始ました。
空は晴れていますが、予報によると今日も天気は不安定の様子で、油断できません。
画用紙を縦にして、絵の中心に大きなポプラの木を描きます。
木の手前には、ヒマワリの花が咲いています。
さらに、その手前にはツル性の植物(カボチャでしょうか)が植えられていました。
しばらくするとオーナーが現れ、農作業を始めました。
「あの、今日はこのポプラの木を描きたいと思います。邪魔になりませんか?」
「大丈夫だよ」
あっさり了承してもらえたので、一安心でした。
11時半頃まで描き進め、それから昼食をとります。
12時を過ぎた頃に、農作業をする人たちが車で戻ってきて、本館の居間で食事を始めました。
彼らがまた出て行くのを見計らって、僕はソファで一眠りしました。
一時間ほど休んだあと、明日泊まる予定の釧路のライダーハウスに電話を入れました。
今日はなんだか疲れていて、頭がぼんやりとしています。
絵の続きを描く気になれなかったので、休憩室でチャンネルが一つしかないテレビを眺めました。
ニュースでは、元横綱の千代の富士の藤島親方が亡くなったことを伝えていました。
親方は北海道が生んだ大スターです。
街頭インタビューが行われ、急逝を惜しむ声が相次いでいました。
そんな場面を眺めていると、表の方が何やら騒がしくなりました。
車とバイクで来た人たちが、ここに泊まりに来たようです。
彼らは若い人から中年までと幅広く、男性が四人、女性が三人のグループでした。
「すみません。本日、予約を入れた者なのですが、どなたかいらっしゃいますか?」
男性の一人は、僕に尋ねました。
「僕も宿泊客なんですよ。今、オーナーはどこにいるかわからなくて」
すると、一人の女性がスマホで電話しました。
しばらくして、オーナーの奥さん(らしき人)が現れ、彼らに対して泊まる場所の指示を始めました。
男性は僕が使っていた本館の居間に、女性は離れた部屋に泊まるらしいです。
「申し訳ないんだけど、あなたは別の場所に移ってくれるかしら」
奥さんは、僕に向かって言いました。
「いいですよ」
「本当に悪いわねぇ」
僕と奥さんは部屋の片付けをしました。
テーブルを横にして、男性たちが横になれるスペースを作ります。
彼女は掃除機をかけ、僕は荷物をまとめました。
「一応、そこの事務所が空いているんだけど」と、奥さん。
僕は本館から少し離れた、プレハブ小屋のような事務所に案内されました。
そこには毛布と共に、いろいろな雑多なものも置かれています。
部屋にはソファが置かれ、ここで眠ることができそうです。
ですが、今まで長い間使われていなかったのか、ほこりっぽいです。
僕は試しにソファに横になりました。
「今、横になっちゃだめよ。汚れているんだから。あとで掃除しなくちゃ」
僕はそう言われて、慌てて起き上がりました。
荷物をこちらに移し、ようやく途中だった絵をまた描き始めます。
すると、そこにオーナーがやってきました。
「お、だいぶできてきたね」
「あと、もう少しです」
「今日はどこに泊まるの?」
「そこの事務所で寝るつもりです」
「そこにある小屋も、一つ空いているよ。そっちでも構わない」
「そうなんですか。ちょっと見てみます」
小屋は三つ並んでいるうちの、真ん中の小屋が空いているそうです。
中は六畳ほどの広さで、畳が敷かれていました。
事務所よりも綺麗で、やや狭いですがプライベートは確保されています。
隅にはコンロと共に、何に使われていたかわからない鍋が置かれていました。
部屋の中は少し油の匂いがして、コンロの上では換気扇が回っています。
もともと、ここは調理場だったのでしょうか。
ここなら事務所よりも良さそうです。
僕はここで寝ることに決め、荷物を移動させました。
一段落すると、ふと携帯電話がないことに気付きました。
慌てて周囲を探したが、見つかりません。
先ほどの事務所まで戻ってみると、そのソファの上にありました。
先ほど横になったときに、ポケットから落ちてしまったようです。
どちらも黒色で、携帯がソファーに溶け込んできたのが、見つからなかった原因でした。
僕は安心して、ようやく絵描きを再開しました。
…ところが、今度は天気が悪くなり、雨が降り出してしまいました。
僕は仕方なくガレージに移動し、残りは記憶を元に描きます。
ポプラの木と比べて、記憶を頼りにして描いたカボチャの、何と平板なことでしょうか。
でも、仕方ありません。
絵が完成してから、荷物を片付け、コンビニへ夕食の買い出しに出かけました。
シャワーを浴びて夕食をとります。
グループの人たちはどこかに行ってしまったようで、僕は一人で食べました。
小屋に戻り、午後10時前に就寝しました。