7月28日(木) 富良野→美瑛(移動日)

朝起きると、外は激しく雨が降っていました。
今日は美瑛に移動する予定でしたが、この雨の中では駅まで歩く気がしません。

今日は休んで、英気を養うのもいいかもしれません。
でも、貴重な時間をダラダラと過ごしていいのでしょうか。

ライダーハウスから見える窓の外の景色を描こうかとも思いましたが、いまいち気分が乗りません。

そんなことを考えていると、徐々に小雨になってきたので、やはり美瑛に行くことにしました。

今日泊まる予定の宿に予約の電話を入れ、荷物をまとめて四日間お世話になった「ふくだめろん」を後にします。

ふくだめろんを後にする
ふくだめろんを後にする

今日は中富良野駅ではなく、西中という駅に向かいました。
こちらのほうが一駅分美瑛寄りで、ライダーハウスからもわずかに近いのです。
ただ、止まらない電車もあるため、注意しないといけません。

西中駅は無人駅で、僕以外には誰もいませんでした。
ホームは吹きさらしになっており、近くに小屋のような待合室が一つあるだけです。

西中駅
西中駅

六畳ほどの待合室の中には、椅子に座布団が置かれ、壁にはさまざまなお知らせや時刻表などが貼られていました。

待合室の中
待合室の中
切符の運賃表
切符の運賃表

まだ電車が来るまで一時間ほどあります。
僕は待合室を出ると、その前の道路に座り、駅前の踏切をスケッチブックに描き始めました。

スケッチを描いた場所
スケッチを描いた場所
西中駅でのスケッチ
西中駅でのスケッチ

絵が描けると、時間を潰すときに重宝します。
線画だけ仕上げると、そろそろ電車の到着時間になっていました。

電車がやってきた
電車がやってきた

電車に乗り、美瑛駅で下車します。

美瑛駅
美瑛駅

駅から二キロほど歩き、今日泊まる予定の「ライダーハウス蜂の宿」に到着しました。
建物は木造の二階建てで、生活感が溢れています。

ライダーハウス蜂の宿
ライダーハウス蜂の宿

「すみません。オーナーさんはいらっしゃいますか?」
 僕は外の椅子で休んでいた宿泊客に尋ねました。

「今の時間なら、居酒屋にいるよ」

僕はお礼を言って、そちらに向かいました。

このライダーハウスには、古くなった列車を改装した居酒屋が併設されています。

居酒屋
居酒屋

店内に入って声をかけると、オーナーは奥から出てきました。

彼はスキンヘッドの松山千春似の人でした。
電話口で想像していたよりも若く、腰の低い人です。

オーナーは、僕から宿泊費の500円を受け取ると、今日泊まる部屋や、トイレや洗濯機、シャワーの場所などを案内してくれました。

寝室のドアは手作りで、中は薄暗かったです。
僕は部屋に荷物を下ろし、辺りを見回しました。

うーん、今日はここで寝るのか…。

僕は躊躇してしまいました。
建物全体の乱雑さや汚さ、若者たちが集まる独特の雰囲気、万年床のベッド。
そういうものをひっくるめて、この宿は独特の雰囲気を醸し出しています。

人によっては、それが居心地良いのかもしれません。
ですが、僕にとって、なじめそうにもありませんでした。

美瑛にはもう一つ「ライダーハウス丘」という施設もあります。
こちらは駅から遠いですが、10年前に一度だけ泊まったことがあるのです。

ここにとどまるか、ライダーハウス丘に変更するか。

僕は神社でお昼を食べながら、ひたすら考えました。
そして自分の直感を大事にし、やはりライダーハウス丘に変更することにしました。

僕はそのことをオーナーに伝えるため、再度、居酒屋に行きました。
オーナーはこちらに背を向けて、「スプラトゥーン」というゲームをプレイしています。
僕が呼びかけると、彼はゲームの手を止めてこちらを向きました。

「すみません。大変申し上げにくいのですが…」と、僕は切り出しました。
「はい、なんでしょう」
「正直に言いますと、僕にはちょっと宿の雰囲気が合わなくて。それで、別の場所を探そうと思います」
「そうですか。それは大変失礼しました」

オーナーは僕に謝罪すると(本来なら、こちらが謝るべきなのに…)宿泊費の500円を返してくれました。

「本当に申し訳なく感じているんです。オーナーさんも、とてもいい人ですし」
「いえいえ、気にすることはありませんよ」

この勢いだと、最終的にはお互いに土下座しそうな勢いでした。

僕は荷物を担ぐと、蜂の宿を出てライダーハウス丘に向かいました。
美瑛川に架かる橋を渡り、農場が点在する道を歩きます。

昔、自転車で来たときはそれほど遠く感じませんでしたが、今は長い距離に感じます。
宿の電話番号を知らないため、予約は入れていません。
果たして、大丈夫でしょうか。

ようやくライダーハウス丘に到着しました。
大きな畑の真ん中に、一軒だけぽつんと存在しています。

ライダーハウス丘
ライダーハウス丘

ですが、周囲を見渡してもオーナーは見当たりません。
建物の裏で草刈りをしていた40歳前後の男性に、僕は声をかけました。

「すみません。今日、ここに泊まりたいんですけど…」
「ごめんね。今は、オーナーがいないんだ。ちょっと待って」

彼はスマホを取り出し、オーナーに電話をかけてくれました。

「オーナーも了解してくれたよ。今、宿の説明をするから」
「ありがとうございます!」

彼は木村さんという名前で、僕を一通り案内してくれました。
宿泊費は800円です。

「ここのオーナーは農家を経営しているんだ。私も手伝いとして週四日で働いているよ」
「そうだったんですね」

敷地の中央には、大きな本館があります。
その裏手には大きなポプラの木がそびえ立っていて、その奥に農場が広がっています。
この木を描くのも悪くないと思いました。

本館は小ぶりの体育館ほどの広さでした。
入り口の先は作業小屋で、農耕具やメロンの段ボールなどが、ところ狭しと置かれています。

寝るのはそこから一段上がった小さな居間です。
ここは、昼間は農作業者たちの休憩場所になっているそうです。

台所は作業小屋から扉を一つ挟んだ先にありました。
ただし、洗面台は汚く、いつ掃除したのかわからないような状態でした。
普段、使っている人がいないのでしょうか。

トイレはくみ取り式でした。
ここは下水が繋がっていないらしく、洋式の便器からはきつい匂いがします。
できれば長時間ここを使うことは避けたいですね。

「よかったら、自転車を使う?」と、木村さん。

入り口の前には、カゴの付いた水色のママチャリが置かれていました。
この自転車は住み込みの農作業者用のものですが、普段は彼しか使っていないそうです。
僕はお言葉に甘えて、使わせてもらうことにしました。

木村さんは一通り説明を終えると、また農作業に戻っていきました。
僕は荷物を本館の居間に置き、一息つきます。

居間
居間

壁には宿泊客らが書いたメッセージが残されていました。

辺りを見回すと、農家のせいなのかハエが多く、周囲をぶんぶんと飛び回っています。
天井の横の柱からはハエ取り紙がいくつも吊り下げられています。
そこには、死骸が気持ち悪くなるほどびっしりと付いていました。

部屋の隅には旧式のテレビが置かれていました。
しかし、チューナーの関係なのか、一つのチャンネルしか映りません。

ここは、少なくとも清潔な施設とは言えませんでした。
それでも、ライダーハウス蜂の宿と比べると、僕にとっては快適な場所です。

10年前には、もっと宿泊客が多かったです。
夜はバーベキューをしたのですが、今ではすっかり寂しくなってしまいました。

今のところ泊まるのは僕だけなので、とても静かです。
町から離れているし、今日はゆっくり眠れそうです。

まだ時間が早かったので、僕は宿の外に出て田舎道の風景を描きました。

描いた場所
描いた場所
描いたスケッチ(途中まで)
描いたスケッチ(途中まで)

すると、そこに自転車に乗った真鍋さんが現れました。
先ほど「ふくだめろん」で別れたばかりです。

「あれ、ここに泊まることにしたんですか?」
彼は僕の姿を見るなり、そう尋ねてきました。

「そうなんです。蜂の宿は、どうしても雰囲気が合わなくて」
「私もなんですよ。若い人たちが集まるから、騒がしくてね」

今日、真鍋さんは富良野から一つ峠を越えて来たそうです。

僕はスケッチを中断し、彼に寝泊まりする場所や台所・トイレなどの施設を教えました。
それから二人で自転車で出かけ、セイコーマートで夕食の買い物をしました。

セイコーマートとは、北海道を中心に展開しているコンビニのことです。
商品の新鮮さと安全さ、安さが売りになっています。

宿に戻り、シャワーを浴びて洗濯をします。

洗濯機
洗濯機

それから、夕食のラーメンを作り始めました。
比較的綺麗な鍋を選び、買ってきた袋ラーメンを開けます。
カットされたニラやニンジンなどの野菜を入れて煮込みました。

「私は、いつも餅を持ち歩いてるんですよ。良かったら一つあげます」と、真鍋さん。

僕はその餅もラーメンに入れました。

夕食を終え、僕と真鍋さん、木村さんとでお酒を飲みながら話をしました。
僕はほとんど飲めませんでしたが、良い気分になりました。

それから僕はソファで、真鍋さんはマットレス上に寝袋を敷いて寝ました。

 

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