この日は、昨日訪れたファーム富田で絵を描こうと決めていました。
僕は朝一番に起きると、外の木の椅子に座って総菜パンの朝食をとります。
ライダーハウスの中と外を何度も往復していると、まだ寝ていた男性に声をかけられました。
「兄さん、もっと静かに歩き」
「あ、すみません」
僕はできるだけ物音を立てず、静かに歩くようにしていました。
ですが、やはり気になってしまったようです。ごめんなさい。
ライダーハウスを出て富良野線の踏切を渡り、ファーム富田へ向かいました。
まずは、昨日も訪れた「彩りの畑」で写真を撮りました。
それから、僕は昨日訪れなかった「トラディショナルラベンダー畑」に向かいました。
園内には複数のラベンダー畑があり、ここは1958年に造られた、園内でもっとも歴史のある畑です。
そこには青紫色のラベンダーが、急斜面に沿って植えられていました。
まだ朝は早く、よほど気の早い観光客以外は誰もいません。
僕は坂道を登り、丘の頂上に向かいました。
頂上からは、北海道ならではの雄大な景色を眺めることができました。
遠くには十勝連峰と富良野の広々とした平野が見え、手前にはラベンダー畑が広がっています。
文句のないシチュエーションです。
ぜひここで描きたい!と思いました。
しかし、道幅が狭くイーゼルを立てて描くことができません。
僕は畑と林の間の道をうろうろしました。
すると、道が林側に少し出っ張り、そこだけ小さなスペースになっている場所を見つけました。
ここなら通る人の邪魔にならないでしょう。
僕はここにイーゼルを立てて描き始めました。
最近は、遠景の霞んだ部分に白の絵の具を混ぜる方法で描いています。
こちらの方が均一になりやすく、油絵風の厚塗りのタッチになり、後で修正が利きやすいのです。
白を混ぜずに透明感を生かす描き方もありますが、どちらが良いかは一長一短でしょう。
描き始めた頃は観光客がまばらでしたが、日が高くなると徐々に増えてきました。
やはり中国人が多く、観光客全体でも日本人と半々くらいの割合でしょうか。
団体客を乗せたバスはひっきりなしに到着し、ぞろぞろと降りてきます。
まるでどこから湧いたのか、と思うほどに。
なぜこれほど中国人に人気があるのか、このとき僕は疑問でした。
後で調べたことによると、以前に中国のドラマで富良野と美瑛がロケ地になり、その影響で非常に有名になったそうです。
10年前に比べて、すっかり様変わりしてしまいました。
観光業が潤うのは良いことですが、マナーが悪くなることだけは避けて欲しいです。
彼らは、絵を描いている僕の写真を勝手に撮っていました。
気にしないことにしましたが、中国語でもいいから声をかけてくれると助かるのに、と思いました。
途中で丘を下り、昼食をとることにしました。
屋外のレストランもほぼ満席で、中国人たちのグループと相席になりました。
僕は「季節の野菜カレー」を注文しました。
やはり観光地だけあって、値段はやや高めに設定されています。
あまり具のないカレーに、焼かれたブロッコリーが三本入っていました。
味は悪くありませんが、若干量が物足りませんでした。
昼食を終え、元の場所に戻って作業を再開します。
中国人たちは、お互いに絵の感想らしきものを言い合い、ほぼ話しかけてくることはありません。
それに対して、日本人はときどき話かけてきました。
特に中高年のおじさん、おばさんが多かったです。
彼らの相手をしていると、少し疲れてしまいました。
そんな中、五歳くらいの男の子を連れた外国人の男性は、英語で話しかけてきました。
「写真を撮ってもいいですか?」
「どうぞ!」
「(…ぱしゃ、ぱしゃ)…とても美しいです」
「実は、僕は十月に新宿で個展をするんですよ」
「それは素晴らしい!十月はちょっと見られないけど、あなたの絵はすごいよ」
「ありがとうございます!」
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ラベンダーは思ったよりも描くのが大変で、時間を食ってしまいました。
朝早くから描き始めましたが、完成したのは日が傾く頃でした。
ですが、時間をかけただけあって、自分でも満足のいく絵が描けたと思います。
荷物を片付け、最後に園内をぐるっと回ります。
宿に戻り、メロンをご馳走になりました(連泊客でも毎日用意してくれるのです)。
それから温泉に行き、夕食をとり、スーパーで帽子を買いました。
今日の宿泊客は7人で、やはりライダーが多かったです。
高齢の男性ライダーは、彼自身のことを教えてくれました。
「以前は飲食店を経営していたんだけど、今は引退して自由に過ごしているよ。
君とは同じフェリーに乗っていたが、そのときは声をかけられなかったんだ」
彼の年齢は僕が想像していたよりも、ずっと年上でした。
「その年齢でずいぶんお元気ですね」
「そんなことないよ。昔、心臓の手術を受けて、それからずっとペースメーカーを入れてるもん」
ですが、それを感じさせないほど健康的な人でした。