6月9日(月) オルベイロア~ムシア(32.5km)

オルベイロア~ムシア
オルベイロア~ムシア

 6:00起床。朝食をとり、オルベイロアのアルベルゲを7:30出発。今日はムシアまで行く予定だが、昨日と引き続き32.5kmある長い区間だ。空は曇っているが、雨が降りそうな気配はなかった。
 町を出てすぐに、川の近くの橋で写真を撮っている二人の男性を見かけた。僕は邪魔しちゃ悪いかなと思って、彼らの顔も見ないでささっと横を通り過ぎたが、後ろから「ケイスケ!」と呼び止められた。振り返ってみると、彼らはシートさんとミゲルさんの親子だった。彼らとはカリヨン・デ・ロス・コンデスのアルベルゲで歌を歌って以来の再会だった。特徴のある人たちだったので、僕の印象に強く残っていたのに、なぜ通過するときに気づかなかったのだろう。それは僕が周りの風景に心を奪われていたせいかもしれない。
 僕は慌てて「またどこか出会うんじゃないかと思っていました!」とフォローした。これは本心だけど、まさかこんなところで出会うとは思わなかったので驚いた。
 僕たちは一緒に歩きながら、それ以来どうだったかということをお互い話した。彼らは僕の一日前の、6月5日にサンティアゴに到着したという。そこからは僕が二日で歩いた行程を、彼らは分割して三日で歩いたらしい。昨日彼らは公営のアルベルゲに泊まろうとしたけれど、到着したときにはすでに一杯だったため、私営のアルベルゲに泊まったそうだ。
 彼らは今日は「Cee(セエ)」という町に泊まり、明日フィステーラに行くという予定だと話してくれた。彼らはムシアには行かず直接フィステーラに向かうそうなので、僕と歩くルートは異なるけれど、運が良ければまたフィステーラで会えそうだった。
 シートさんに今までの行程を聞かれたので、僕は「あれから大変だったんですよ!」と前置きしてから、マンシージャ・デ・ラス・ムラスで胃腸炎になったり、オスピタル・デ・オルビゴでお金を盗まれたりしたことを話した。彼も僕の話に興味を持ってくれたらしく、「何か悪いものを食べたの?」とか「誰かが君のお金を盗んだ?犯人は見つかったの?」などと、いろいろ質問してくれた。犯人はまだ見つかっていないことを伝えると、彼はがっかりした様子だった。
 会話の途中で、僕はアソフラのアルベルゲで彼らが鉄の十字架の話をしていたことを思い出して、「そこに願い事を書いた石を置いてきましたか?」と聞くと、シートさんは「置いてきたよ、だから今リュックが軽いんだ」と話してくれた。文字通り、肩の荷が下りた気持ちに違いない。
 しばらく話した後、僕のほうが歩くのが早いので、彼らと別れて先に行くことにした。左手は危険ではないが崖になっており、そこからは深い峡谷の下に川が流れているのが見えた。右手には風力発電の風車が勢い良く回っていた。フィステーラまではまだ遠いが、もうすでに地の果てにいるという感じがした。

左側は崖
左側は崖
峡谷には川が流れている
峡谷には川が流れている

 一人で歩いていると、僕の後ろを歩いていた若い男性が声を掛けてくれたので、しばらく一緒に歩くことにした。彼はデンマークから来たらしい。彼によるとワールドカップがもう一週間後(実際にはもう少し早かったけれど)に迫っているそうだ。まだ先のことだと思っていたので、そんなにもうすぐなのかと驚いた。テレビのない生活を送っていると、日常ではどんなことが起きているか忘れてしまう。
 彼は「日本は出場するの?」と聞いてきたので、「そうだよ、デンマークは?」と聞くと、彼は「今回はダメだったんだ、あともう一歩だったんだけど」と残念そうに話した。僕は前回のワールドカップで日本とデンマークが予選リーグで戦ったことを思い出したが、そのときは日本が勝っており、少し気まずいので話をするのはやめておいた。
 彼と話をしながらしばらく歩くと、フィステーラとムシアとに別れる分岐点に差し掛かった。そこには巡礼路で見慣れた石碑が置かれていたが、今までのものと異なり、二つのものが一つにくっついたような形をしていた。石碑に取り付けられていたホタテ貝のマークも二つあり、お互いに逆方向を向いていた。その下には黄色いペンキで行き先が書かれており、左側はフィステーラに行くルート、右側はムシアに行くルートだということを指し示していた。
 デンマーク人はこれからフィステーラに行くと言っていたので、ここでお別れすることにした。彼は別れ際に「天気予報ではこれから晴れるって言っているよ!」と教えてくれた。本当だろうか。

ムシアとフィステーラまでの地図
ムシアとフィステーラまでの地図
フィステーラは左、ムシアは右
フィステーラは左、ムシアは右

 もともとフィステーラまでの道は歩いている人は少なかったが、ムシアに向かうルートでは歩いている人はそれに輪をかけて少なかった。僕が持っていた英語の地図はフィステーラまでの道しか載っていなかったので、これからはサンティアゴで貰った地図が役に立ちそうだった。
 分岐点からしばらくは舗装された道を歩いた。右手には大きな風力発電の風車が回っており、そのスケール感が少し非現実的な風景に感じられた。僕はそこでたくさん写真を撮った。その後は矢印に従い、舗装路を外れて山道を歩く。

風車が遠くで回っている
風車が遠くで回っている
山道を歩く
山道を歩く
誰も乗っていないブランコ
誰も乗っていないブランコ
ピンク色のバラ
ピンク色のバラ

 9:50頃、ドゥンブリアという町で休憩。一軒目に入ったバルで「ここからムシアまでバルはありますか?」と聞くと、女性の店員に「ないわ」と言われた。そこでお腹を一杯にしておこうと思ってボカディージョを頼もうとしたら、今ここのバルはオープンしていないらしい。彼女に「近くにもう一軒バルがあるので、そこで食べるといいわ」と教えられた。
 もう一軒のバルは先ほどよりも少し大きかった。このバルは商店も隣接しており、バルの中からでも行き来ができるようになっていた。バルでボカディージョ・ハモン(ハム)を頼んだら、店員のおばさんは商店に移動し、その一角に置かれた機械を使ってその場でハムを切ってくれた。これで2.5ユーロと、非常に安かった。バルのカウンターに移動して食べ、食後にそこの商店でバナナを買った。

ドゥンブリアの教会
ドゥンブリアの教会
シャム猫
シャム猫

 11:00頃急に雲が厚くなってきたので、「ちょっとやばそうだな」と思って雨具を着る。ちょうど着終わった瞬間にザーッと雨が降ってきた。ナイスタイミング。でもデンマーク人が言っていた、晴れるという天気予報とは一体何だったのか。
 スペイン人のおばさんを追い抜くことがあったので、試しにその時に「ジュビア・フリオール」と言ってみたら、彼女に通じて嬉しかった。しかし「フリオール」というのは僕が勝手に「降る」と言う意味のスペイン語だと思いこんでいた言葉で、実際にはそんな言葉は存在しないのだけれど(正確には雨が降ることをスペイン語では「ジュベール」という。しかし「ジュビア・ジュベール」と言ったら、日本語で「馬から落馬する」のように、重ね言葉にならないだろうか)。

きゃわわ!
きゃわわ!
下り坂
下り坂
アジサイの花
アジサイの花
ユーカリの林の中を通る
ユーカリの林の中を通る

 雨は12:00頃上がって、それからは晴れて蒸し暑くなった。12:30頃に道端に休憩所があったので一休みする。この休憩所はバス停のように屋根が付いており、その下にベンチが置かれていた。フレームは緑のペンキで塗られ、背面の壁には広告などのポスターが貼られていた。サンティアゴ~ムシア・フィステーラ間にはこういった休憩所がところどころにあったので、とても重宝した。
 僕はそこのベンチに座り、大きめのパンを丸々一本とバナナを3本食べる。さっきバルで食べたばかりなのにもうお腹が空いてしまっていので、これだけの量でもぺろりと平らげてしまった。ちょっと異常なほどだと思えるくらいに食べている。これは僕の胃袋が大きくなっているせいなのだろうか。
 しばらくそこで休んでから出発し、小さな町の中に入る。先ほどドゥンブリアの町で聞いたときには、この先バルはないとのことだったが、この町にもバルがあった。町を抜ける巡礼路がわかならくなってしまったので、そのバルに立ち寄って男性の店員に道を聞く。彼が教えてくれた方向に行ってみると、そこには目に付かないほどの小さな黄色の矢印があった。すごくわかりにくいよ!

ベンチで休憩
ベンチで休憩
鳥居…じゃなくて教会の門
鳥居…じゃなくて教会の門

 その後はまた山道を通り、小さなアップダウンを繰り返す。スペイン人の5人くらいの集団が僕の前を歩いていて、彼らとくっついたり離れたりしながら歩いた。一人英語ができる人がいたので話しかけられた。それによると、彼らはログローニョから歩いてきたのだと言う。

晴れて暑くなってきた
晴れて暑くなってきた
ケルト風の十字架
ケルト風の十字架
途中の町の教会
途中の町の教会
教会のステンドグラス
教会のステンドグラス
ちょっとわき道にそれてみる
ちょっとわき道にそれてみる
坂を登ってから振り返ってみた
坂を登ってから振り返ってみた
ニワトリ
ニワトリ
松林の中を抜ける
松林の中を抜ける

 14:00頃、森を抜けて坂を下りていくと、その向こうに見えてきたのはもしかして・・・海だ!巡礼路で初めて見る海。一ヶ月以上見ていなかったのでテンションが上がる。僕はそれを見たとたん、目の前には世界が広がっていることを感じた。「僕は歩ける!どこまででも行ける!」という気分になった。
 その後は小さな村を通り過ぎ、海岸沿いに出る。水はブルーで透明度が高く、砂浜は一面真っ白で、海鳥たちが羽を休めていた。とても水と砂浜が綺麗で、感動してしまった。海岸沿いには木で作られた道があり、それを辿っていった。

目の前に見える海
目の前に見える海
木の道を通る
木の道を通る
石碑とムシアの海
石碑とムシアの海
海鳥たちが羽を休めていた
海鳥たちが羽を休めていた

 ムシアの町の入り口には案内板があり、この辺り一帯の海岸は「Costa da Morte(コスタ・ダ・モルテ)」と呼ばれていることが書かれていた。これは「死の海岸」という意味だ。こんなに綺麗な場所なのに、なぜそのような物騒な名前がつけられたかと言うと、この辺りの海岸線は日本の三陸地方のように岩がちで入り組んでおり、過去には難破が多発したためだ。
 ちなみにスペイン語で入り江は「リア」といい、これが複数形になると「リアス」になる。地理の教科書に出てくるリアス式海岸の語源は、ここガリシア地方の海岸線が由来になっている。

海岸線沿いを歩く
海岸線沿いを歩く
ムシアの案内板
ムシアの案内板
海は非常に透明度が高い
海は非常に透明度が高い
海岸線沿いに立つムシアの町並み
海岸線沿いに立つムシアの町並み

 その後海岸沿いの舗装された道を進むが、町の地図を持っていなかったので、公営のアルベルゲの場所がわからなかった。僕の近くにいた5人組のスペイン人たちも迷っていたので、彼らと一緒に町の中を歩いていたら、現地の老夫婦が案内してくれるという。
 僕は彼らと一緒にムシアの町の中を歩いた。スペイン人たちは私営のアルベルゲに泊まるようなので、途中で別れた。僕は公営のアルベルゲに泊まりたかったので、老夫婦はさらに続けて案内してくれた。
 女性は手に短く切られたアジサイを持っていた。僕はそれを見て、「これはもともと日本の花なんですよ」ということを言いたかったけれど、スペイン語で何というのかわからなかったので、聞くことができなかった。途中彼女は僕に「ちょっと待って」言って、アジサイを自宅の玄関に置いていた。
 その後は曲がりくねった町の中を歩く。どこをどう通ったのかよくわからなかったが、来た道をかなり戻るような格好になってしまったようだ。しばらく歩いたところで、老夫婦は「アリーバ、アリーバ(上)」と坂の上を指差した。僕はアルベルゲの看板が出ているところを指差すと、そこではなく、さらにその上に公営のアルベルゲがあるようだ。僕は彼らに感謝の言葉を述べて、アルベルゲに向かった。
 15:50頃チェックイン。受付にいた男性のオスピタレロは僕のクレデンシャルを確認してスタンプを押し、「ムシアに来た」という証明書をくれた。サンティアゴの先にあるアルベルゲでスタンプを押してくれていたのはこのためだった。僕は今貰った証明書を丸めて、サンティアゴで貰った巡礼証明書と一緒の筒に仕舞っておいた。
 それからオスピタレロはA4サイズの一枚の地図を渡してくれた。表にはムシアの町の地図、裏にはムシアからフィステーラまでの地図が載っていた。ムシアの町の岬の先端には「船のマリア聖堂」という教会があり、ここから歩いて1kmくらいだそうだ。また、明日行くムシアからフィステーラまでの道の途中には、一軒のバルしかないようだ。オスピタレロはリレスという町に三角で印をつけ、「セジョ(スタンプ)」と書いてくれた。
 そのとき、僕の後ろに並んでいた男性が声をかけてくれた。彼は昨日フィステーラに行って、今日はここまで歩いてきたようだ。彼のクレデンシャルにはそのバルのスタンプが押されていたので、彼はそれを確認してバルの名前を地図に書いてくれた。彼によるとバルの名前は「アス・エイラス」というらしい。
 その後、フロントに日本人の若い女性がいたので話をした。名前はSさんというらしい。彼女は途中で知り合った外国の女性と歩いているようだ。僕が「スペイン語を話せるんですか?」と聞いたら、彼女は「ウン・ポコ(少しだけ)」と言っていた。
 彼女は「体調を悪くした日本人がいると聞いていたので、どこかで会えるんじゃないかと思っていました」と話してくれた。胃腸炎になったことで僕のことが噂になっていたらしい。そういえばシャーリーさんもお金を盗まれたことで僕は有名人になっていると言っていたので、僕はいつの間にか知らないところで噂になっているようだった。彼女は僕の腕を見て、哀れむように「こんなにやせ細っちゃって」と言ってくれたが、僕はもともと痩せているのでこれは関係ない。
 彼女は僕と同じくサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから歩いてきたと言っていたが、5月8日に出発したそうだ。あまり体力がなさそうに見えたので、彼女のペースには驚いた。それから歩いたきっかけについて聞いてみると、彼女は「派遣で働いていたけれど、仕事に行き詰まっちゃって、カミーノを歩くことにしたんです」と話してくれた。
 彼女はフィステーラの町が気に入ったので、昨日まで三日間フィステーラに泊まり(といっても晴れたのは最終日だけだったが)、今日ムシアまで歩いてきたらしい。彼女は「フィステーラはすごく綺麗だったけれど、ムシアも綺麗ですね」と言っていた。
 最後に彼女は「フィステーラに行くんだったら、お勧めのアルベルゲがありますよ!」と言って、私営のアルベルゲを紹介してくれた。とても綺麗好きな女性のオスピタレロが切り盛りしているらしい。公営のアルベルゲが一杯だったらそこに泊まろうと思って、僕が持っていた英語の地図に印をつけた。
 フィステーラは巡礼者が多いそうなので、アルベルゲに予約を入れようか迷ったが、明日の朝早く出ればいいやと思って、結局予約はしないことにした。
 その後シャワーを浴び、洗濯をする。18:00頃夕食をとりに出かけた。海に面した「ドン・キホーテ」というレストランでサラダと鶏肉の料理を食べた。今日も一人だったが、それほど気にしない。

夕食のサラダ
夕食のサラダ
こっちは鶏肉
こっちは鶏肉

 それから一旦アルベルゲに戻り、寝る準備をしてから、チェックインのときに教えてもらった「船のマリア聖堂」という教会に出かける。市街地を抜けて海岸沿いを歩き、岬の先端にある教会に19:30頃到着した。そこにはすでにたくさんの巡礼者たちがいた。海岸は表面が滑らかな岩場になっており、教会はその海岸ぎりぎりに立っていて、ところどころ潮風で風化してぼろぼろになっていた。教会の扉は閉まっており、建物の中に入ることはできなかった。

まだ日が高いムシアの海岸
まだ日が高いムシアの海岸
船のマリア聖堂
船のマリア聖堂

 海は荒れていて、かなり波が高かった。その近くには灯台があったので、岩場に腰掛けてスケッチすることにした。今回はスピードを重視して太いペンで輪郭線を描いていった。水平線がはっきりしたので構図は決まりやすかったが、波を描くのは難しかったので、適当に「こんな感じかな?」とうねうねした線で描いてみた。描いているうちになんだか楽しい気持ちになって、「ざばーん、ざばーん」と独り言をつぶやいていた。あまり時間がなかったけれど、一時間くらいで軽く色までつけることができた。

ムシアの灯台
ムシアの灯台
灯台のスケッチ(後日加筆あり)
灯台のスケッチ(後日加筆あり)

 教会の近くには丘になっているところがあり、頂上には大きな岩にひびが入ったようなモニュメントがあった。そこにいた女性たちに教会をバックにして写真を撮ってもらった。それから寒くなってきたので、21:00頃帰路に着いた。

丘に登ってみる
丘に登ってみる
丘の上から教会を望む
丘の上から教会を望む
丘の上のモニュメント
丘の上のモニュメント
帰路の途中で見つけたトケイソウ
帰路の途中で見つけたトケイソウ

 ムシアで夕日を見ようとも思っていたが、結局見ないことにした。明日も早いことだし。
 アルベルゲに戻り、22:00就寝。

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